「お兄ちゃん」
「何だ」
俺の自室でくつろぐが、ソファのクッションを抱えてとある許可を求めてきた。
「“にぃに”って呼んでいい?」
「…?!」
危うく咽るところだった。“にぃに”だと…どこから引っ張ってきた?
「にぃにって、お兄ちゃんって意味なんだって。もっと親しみを込めたいときに言うみたいだから、いいなと思って」
「どこで知った」
「えーと、インターネット」
「……」
きっずフィルターはどうした。…仕事放棄か?
通常ならの使うPCにはフィルタリングプログラムを入れてあるので、有害サイト(ただし博士と俺基準)へのアクセスは不可能なはずだ。
しかし彼女が知り得たということは、さしたる問題ではないとプログラムが判断したということか。
「にぃに?いや、にーに?どっちが正解なんだろう。どっちがいい?」
「…好きにしろ」
以前に俺が調べた結果、前者は142万件、後者は119万件のヒットだった。彼女は、100万件に満たない“にいに”や“にーにー”よりも主流の選択をしている。
「じゃあ…にぃに、にするね。にぃにー」
こんな呼称程度、他に何か変わるというわけでもない。
「……何でもいいが、弟どもがいるところでは言うな」
「え、うん」
だが…あいつらの耳に入ると、煩くなりそうで面倒だ。に釘を刺して、俺は彼女の抱えるクッションを取り上げた。
――お前の抱きしめる相手は、そんな“モノ”ではないはずだ。
「にぃに…お出かけする時間が――」
抱きしめた感触が心地よいので、しばらくそのままでいた。顔は見えないが…彼女は困った表情でいるだろう。
夜ではないのでこれ以上に何も出来ないのがもどかしい。このまま戯れても、に口外厳禁と一言添えれば禁破りが洩れることもないだろうが、彼女と二人で出掛ける機会もそう多くはない。
「…ふ」
離れ間際に、すぐ傍の耳元に息を吹きかけたらびくりと反応した。
「出掛けるぞ」
わざと低い声で囁くと、は少し目を潤ませていた。
「ぅ、にぃにの…いじわる」
…満更、悪くはない響きだった。