'10 Vt.-Day dream #3-M

+--頑張った分だけの、ご褒美が。--+

昨日に博士から仰せつかった仕事をこなして戻ってきたのは、今日の朝になってからだった。
珍しいことに、事前から必ず報告に来るよう言われていたのでその足で向かうと、彼は俺にこう告げた。
「ご苦労じゃった。急な仕事ですまなかったのぅ、少し休みなさい。明朝まで自室にいてよいぞ」
「いえ、ご心配には及びませ――」
「明朝まで自室に居るように。むしろ部屋から出てはならん。…お前には特別措置を取る。これは命令じゃ」
「……」
そこまですることはないのでは…と言いかけたが、彼の発言を曲げるのは非常に難儀であるため、俺は従うことにした。
部屋からは出られないものの、幾つかの許可があった。…せっかくの休日だ、有意義に使いたい。


博士は休めと言っていたが、昨日の仕事は量が多かっただけで別段難しいものでもなかった。従って即刻休息を必要とするほどのダメージがあるわけではない。
そこで、俺は室内を片づけることにした。ここ何日か暇がなかった所為で、物を雑多に置いたままにしていたのだ。
今日は見事な冬晴れ。埃を追い出すには絶好の日和だ。
黙々と資料を整理し、掃除までし終わると、午後のいい時間帯になっていた。
アフターヌーン・ティーには遅れたが、紅茶を入れて一服しようかと俺が湯を沸かし始めたとき――来客を知らせる音が聞こえた。
「…どうした?
ドアを開けると、が妙に疲れた顔で立っていた。

「め、メタル兄…いつ帰ってきたの」
「今日の午前中だが」
「えぇ…行き違ったかなぁ…、それからどっかに出た?」
どうも彼女は俺の不在時にここを訪ねていたようだ。
「いや。今日いっぱいは自室で休養命令が出ている」
「えっ!そんな、体調悪いの?!」
疲れはどこかに飛んでしまったようで、は不安げに俺を見つめた。
「すこぶる快調だ。…どうも博士は、俺が最近休みを取っていないことを心配してそう仰っているようだが」
「……博士、そこんとこ教えてくれないからムダに苦労しちゃったじゃん…」
「何か言ったか?」
「なっ何でもないよ!!」
聴覚センサをノーマルにしていたので、彼女の言葉を拾い損ねてしまった。…しかし全力で否定されたので、彼女のためにそれに従っておくことにした。


丁度湯も沸いたので、を招いて紅茶を淹れてやった。部屋が綺麗になったところだったことも併せて、非常に巡り合わせがよかった。
「そういえば、。何か…俺に用があったのだろう?」
一服すると、俺は隣に座る彼女に、ここを訪れた理由を尋ねた。
…どうでもいいが、俺の装備であるマスクはこうやって人と関わるとその都度外さなければならず(飲食などその最たるものだ)、いささか面倒に感じる。…もちろん戦闘時には役に立つのだが――。
「…そ、そうだよ。今日はバレンタインデーだから、プレゼントを持ってきたの」
はティーカップをロウテーブルに置くと、ソファの後ろから丁重にラッピングされた箱を取って自分の膝に乗せた。

「あのね、バレンタインデーって…大切な人に贈り物をする日なんだって。知ってた?」
「…聞いたことはある」
「で、ニホンでは女の子が男の子にチョコレートをあげるらしいから、それに倣ってお兄ちゃんにプレゼントしようって思って」
「そうか」
俺が返事をしても、彼女は手元の包みを出そうとはしなかった。
それどころか、より強く抱えてしまった気がする。
「どうした」
「…その、このチョコレートは…きっかけで」
…いったん口をつぐんだが再び喋り始めた。だがその口調は閊(つか)えがちで、ぽつぽつとしたものに変わっていた。
俺は、少し首を傾げた。

「ニホンでは、一番大切な人…こ、恋人とか、片思いの相手に“本命”って特別なチョコをあげるって知って…」
うつむきがちだったの顔が上がり、俺を見つめた。
「それでわたし考えて…、気づいたの。わたしにもそういう人がいる、言わなくちゃって」
その表情――。彼女は大きな決心をもってここへ来たのだろう。俺はそれに向き合わなければならない。
静かに、続きを待った。
「これはお兄ちゃんのためだけに作ったチョコレート、だから…わたしと気持ちが同じだったら、受け取ってほしい……」
ゆっくりとその包みが、俺の前に差し出される。
「わたし…お兄ちゃんに恋してる。お兄ちゃんが、大好き」


一所懸命に言葉を紡ぐ姿は、何ともいじらしいものだった。
…そんなこと、俺はとうの昔から知っているというのに。
「お兄ちゃんは…わたしのこと、どう思ってる?」
ひたむきな眼差し、その潤む瞳に…俺はプレゼントを持つ彼女の手を引いた。
「あ…っ…」
箱ごと彼女を引き寄せ抱きしめると、漏れ出たのは驚きと僅かに艶混じりの声だった。
そこで俺は片手での髪をひと撫でして、その耳元に口を寄せた。
「…もとより愛している。お前の言う意味で…な」
“愛してる”なんて、もう何度も言っている言葉だが…今回ばかりは格別の響きを持って彼女に届いたに違いない。

「…ほ、んとに?」
の鼓動は、装甲越しでもわかるほどだった。
「疑うのか?」
「う…ううん。ありがとう、お兄ちゃん」
安心したように彼女は礼を述べて、頬を俺の胸にくっつけた。
「俺の気持ちは最初から変わらない。ずっとそう思っていたからな」
それを聞くや、はばっと見上げて俺に訊ねた。
「じゃぁ……わたしが気づいてなかっただけ、だった?」
「そういうことになる」
「ええっ。ご、ごめんね…」
見る見る、申し訳なさそうにしょげていく。
「構わない。ありのままのお前に、惹かれたのだから」
もう一度、優しくを抱き寄せた。箱を持ったままの彼女は、最初のうちだけ身を固くしていたが、程なく俺に身を預けた。
ただ触れているというだけなのに…じわじわと中まで温かくなっていく、そんな気分になる。…じきに、二人の間のチョコレートもあたたまることだろう。


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はっぴいえんど?……いやいや。
お兄ちゃんはこれだけでは終わらない。