01. #3

※にぃにver.


「手をつなぐと、安心するだろう?」
「うん」
両手を伸ばし、横に寝転がるのふたつの手を握ると、自然と顔も近づく。
全体照明を落とした部屋は、小さな明かりがぽつぽつと灯るのみだ。
一瞬の静寂。
「でも、俺は手だけじゃ足りない。もっと近づきたい」
少し勢いをつけて、のほうへごろりと一回転した。当然、は巻き込まれる。
「ひゃあ!」
「驚いたか?」
「そりゃそうだよ!ベッドから落っこちるかと思った!」
「でも、少し楽しいだろ?」
俺らしからぬ笑い方をした。こういう顔はフラッシュあたりが得意だろうが。
巻き込みながらベッドの縁(へり)にきた身体を、今度は逆回りで真ん中まで戻す。
「まあ、にぃにだからね。危なくないってわかってはいるけど」
ドキドキしたあ、と息を吐きながらがつぶやく。心臓が早鐘を打っているのが装甲越しでもわかる。
この、ゆるぎない信頼。博士も俺も、見事としか言いようがない。

「で、こうやってギュッとすればもっとシアワセってわけだ」
「うん。幸せ」
俺とは違う、やわらかく小さな身体を全身に感じる。
ボディ表面の温度を35度程度にしておいたおかげで、違和感はないようだ。
しばらくそうしていたら、がふと、口を開いた。
「にぃに。ロボットだってさ、あったかい家族だよね」
……家族、か。
「…ああ。俺は、そう思いたい」
本心だ。
だが、それすら穢したい気持ちもまた、俺の本心だ。

わざわざ耳元に寄せて、囁く。
「もっともっと、お前に触れていたい」
少しづつ、下降していく。
「この髪も、この肌も、…この唇も」
「っ!」
やわらかく、甘いそれに触れると、びくりと体を震わせた。
「ファーストキス、だったか?」
常套句。
「き、決まってるじゃない…」
は口ごもりながら下を向いてしまった。
赤くなっているということは、キスの知識はあるらしい。
「“にぃに”じゃ、ダメだったか?」
「…だめ、じゃない」
見上げた顔と目が合った。上目づかいの、困った表情。
愛おしい、と思った。
「そうか。よかった」
そう言ってもう一回してやる。最初と同じように軽く、今度は軽く音を立てて。
「大好きだ。」
「わたしも、大好き」
俺が微笑むと、に笑顔が戻った。

「お前からはしてくれないのか」
ふむ、と表情を元に戻す。
「え、恥ずかしいよ!」
「そうか。残念だ」
普段はあまり抑揚をつけない俺の声に、わざわざ憂いを含ませて言った。
「…ま、まって」
あー、とか、うー、という意味のない言葉をいくつも吐いた後、意を決しては俺に唇をそっと合わせた。俺がしたキスのコピーだ。触れるだけのキス。
「もう一回」
「えっ今したよ」
「でももう一回」
どうして不満なのかと言わんばかりの即答に、俺も即答で返す。
「うう…」
意地悪!と聞こえた気もしたが、答えなかった。今さら遅い。別に羞恥プレイが好きなわけではない。慣れさせるためであり、次のステップへの布石だ。

再び意を決して唇に触れたが離れる前に、俺は攻勢にでた。
唇を何度もついばんで、半開きになったところに舌を入れた。驚いて目を見開いたのがわかったが、頭はしっかり抱えて離さない。いつの間にか体勢が変わって、俺は完全にを下に組み敷いていた。
長い一方的なキスを終えて離せば、涙目で荒く空気を吸うの顔があった。
「こんなキスは、知ってたか?」
「はぁ…は、知らな、かった」
「なら、覚えとけ。特別に好きな人にしかしないキスだ」
「ん、うん」
これは真実。
「…でも、明日以降の夜に、弟どもにしてやるのは許す」
これは俺の最大限の譲歩。
「うん…」
「復習、するか?」
「…、ん」
少し躊躇ったように見えたが、根性が据わっている。いや、単に俺に従順なだけかもしれない。

今度は俺から口づける。先ほどよりももっと深く、味わう。はどうしたらいいかわからないようで、ただされるがままだった。
「っふ、されているばかりではダメだぞ。舌、絡めろ」
僅かに口を離すと、二人の間で糸を引いたのが見えた。薄明かりにの唇が光る。
続きをはじめると、は俺に言われたとおり、舌で応えた。まだまだ控えめで、恐る恐るなのがいじらしい。そそる、という言葉はまさに今のようなときに使用するのだと頭の奥で思った。そんな事を思いながらも、身体は反射的に相手の舌を激しく攻め立てていた。
「んん…っ、んぅ」
くぐもった空気が抜けるたびに、声が漏れる。聴覚センサが拾う度、俺が反応しているのをはわかってはいないだろう。必死でそれどころではないと、誰でも思うようなさまだった。


「…、…っは、上出来。ただし、初めて限定の上出来だ」
うまく呼吸ができず、苦しそうな顔をするがそろそろかわいそうになってきて、唇を離してやった。俺自身も若干息が上がっていたのに気づく。機械のくせに息が上がるとは。…博士は、こんなところまで緻密に作りすぎている。
「ん、っはぁ、はぁ、ええっ」
「10日後の成長に期待だな」
「そ…そんなあ…」
やっとのことで息を整えたは、驚嘆・落胆と忙しい。
「……」
少し、不安げな表情が見て取れた俺は、の頭をポンポンと撫でた。
の気持ちをリセットしたいと思うと、決まってこんな事をするのが定石になっていた。今も、は俺の動作に不思議そうな顔をした。
「俺は、こんな些細なことでお前を嫌ったりはしない」
「本当?」
髪をやさしく撫でながら、続ける。
「本当だ。今日こうしたのも、お前に気持ち良くなってもらうためだ」
「そうなの?」
「お前は“特別に大好きな人”だ、当然だろう?」
「…そっか、大好きか」
この言葉が出ると、納得してしまうようだ。「そうだ。大好き、だ」と、更に重ねがけをしておく。

髪から少しづつ下がって、親指の腹で唇を撫でたら、びくりと小さく身体を震わせた。これに関しては依然として警戒されている。
「…キス、気持ちよくはなかったか?」
「なんか…その、そういうのまで考えられなかった」
「まあ…そうだろうな」
そうだとは思っていたが、何故だか、俺は聞きたかった。一朝一夕でなるものでないのは把握しているのに、この自分の行為の理由が見いだせない。
そんな俺を見上げながら少し考えて、はこう言った。
「でも、なんだか幸せ」
「ん?」
「嬉しいっていうか…。にぃにとこうしているのって、幸せな気持ちがする」
俺の内部でショートが起きたかのようだった。いや、実際に起きていたかもしれない。
本当に幸せそうに、微笑んでいうものだから、俺は返す言葉を失ってしまった。
「…そうか。なら、いい」
少し間を空けて、そう返すのがやっとだった。

眼下のを再び、抱きしめた。
「…だったら、今夜はお前が寝るまでこうしていよう」
「うん」
俺はその感触を、はこの感覚を忘れないように。
「抱きしめて、肌に触れて、たくさんキスをしてやる」
「うん」
今夜の、今の俺が出来ることは、それくらいしかない。
それ以上のことは、する気になれなかった。



今日も定刻に目覚めた。体調に異常なし。外していたマスクを装着する。
外から漏れる光を見るに、晴天の様子。今日の洗濯当番はウッドだ。問題なくこなすだろう。
それを考えて、朝食当番はエアーだったことを思い出す。あいつは遅れるとうるさい。
「7:00。丁度だな。おい、朝だぞ」
「ん、待って…、もうちょっと」
身体を起こして隣のを揺する。いつもよりも寝不足に違いないは、まだ覚醒しない。
そこで即効性の呪文をひとつ、耳元で囁いてやる。
「早く起きないとディープキスだ」
「へ?ま、まってにぃに!」
案の定に飛び起きた。そんな彼女に俺は爽やか半分、意地悪半分の笑顔で応える。
「おはよう。よく起きたな。そんなにイヤか」
「ち、違うよ!まだちょっと苦手なだけで決してイヤとかじゃあ!」
「本音がぼろぼろ出るな。朝はいいな」
ほぼ意地悪な顔にシフト。マスクをつけていても、これはわかるだろう。
「わああ違うからねにぃに!ねえっ!」
どこをどこまで否定したいのか、は必死に俺の肩を持って揺さぶる。もちろんそんなのは全く効かない。

明るくなった部屋を一瞥し、気付いた。
「着替えは持ってきていないのか」
「あるわけないでしょ!」
速攻で否定された。寝不足の割には朝から元気がいい。
「今度来た時は持ってきなさい」
「え!?どうして」
「とにかく、持ってこないと困るのはお前だ」
何とかなることもあるが、この子の場合はおそらく「ならない」ほうだと踏んでいる。
「何それ??」
「俺はお前に対して、嘘をついたことはないぞ」
「…そうだけど」
は腑に落ちていないが、忘れない限り持ってくるだろう。こういう言い方をすれば、そうなる。

俺は「また10日後においで」との頭をポンポンと撫でた。
はこそばゆい顔をして、うん、とだけ返事した。
「昨日、嫌じゃなかっただろう?」
「うん…でも」
「でも?」
「ちょっと、恥ずかしかった…かな」
ぽっと薄く頬を赤くしたに「そうか」とだけ返す。
また来たくなる呪文も、唱えておこうか――。
(……大好きだ)
小さく呟いて、額にキスをした。
マスク越しのキス。はわかっていないかもしれない。
ほんの少しの間だけ見つめあっていたが、早く着替えて居間に行け、と告げてを廊下に出した。
「あ、待って」
そう言って、がくるりと振り向いた刹那。
頬に、キス。
またね、にぃに、と笑ってパタパタと駆けていった。
「……」
一瞬、動けなかった。こういう点が、機械は困る。
フリーズがとけて、俺は無意識に頬に手をやっていた。

集合の合図が、居間から聞こえていた。


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本当にただ変えただけなんだ。すまない。