※にぃにver.
+--頑張った分だけの、ご褒美を。--+
「そういえば――」
が作ったというチョコレートが原形を留めているかが気になり(これはこれで大切なものである)、ゆっくりと身体を離した俺は、言いそびれていたことを聞いてみた。
「これ、新しい服だろう」
部屋に来たときから思っていたが、言うタイミングを逃していたのだ。
俺が話すと案の定に、彼女は「わかってくれた?」と嬉しそうにした。
「雑誌に載ってて可愛かったから、何日か前に博士と街に出たときに買ったんだー」
…“雑誌”。
「この前、俺と一緒に買った雑誌か」
「そうそう。前に出掛けたときに、にぃにがススメてくれたやつ」
箱を置いたは、立ちあがってくるりと回ると、その服の裾を掴んでどうかと問うた。
「お前に似合う」
俺の言葉に彼女は照れたようで、返ってきたのは小さな「…ありがと。」だけだった。
再び俺の隣に腰掛けたは、先の話題を続けた。
「あとね、その雑誌の中にはニホンのバレンタインの話も載ってたの」
彼女はそれで、初めてチョコレートを渡す習慣を知ったのだという。
「そうか」
「最初は好みのジャンルと違うかも…って思ったんだけど、すっごく参考になったよ。本当、ススメてもらってよかった!」
さすがにぃにだね、と素直に敬慕の念を表すに、俺は微笑み返した。
「…俺も、何よりだ」
…内心、彼女が最後まで気付かずここまできてくれた事に、声を上げて笑いたかった。
――つまり、そういう事だ。
まったく…旨くまわってくれたものだった。
今日にまつわる全ては――数週間前から、この俺の手で始まっていた、というわけだ。
…基本的に、は俺の勧めを断らない。今回もそうだった。
俺が勧めるままに雑誌を購入して、帰宅したその後は――娯楽の少ない環境だ、日を置く間もなく彼女は雑誌に目を通すだろう。彼女の性格ならば、見知らぬイベント事に興味を示すことは容易に予測できた。
また、この手の内容を相談する相手としては、博士が妥当だろう。と博士の面談日が近いのも知っていた。
そのなかで博士は…おそらく“妙案”を思い付き、彼女に協力する。――俺が博士ならば、そうする。自分と彼の思考パターンが近しいことは稼働直後から承知している。違いない、と思った。
そしてこの日の前日、博士に仕事を入れられた時に…俺は成功を確信した。不穏な動き、すなわち彼女が準備する姿を見せない為だ。
おかげで仕事は、通常の3倍ほど相手を滅多切りにしてきてしまった。単独任務でなかったら、外野が煩かったか、引いていたか…まあ、いいだろう。
しかし、今日の朝に帰るや、博士から翌朝まで強制自室待機を言い渡されたのにはいささか面喰ったが…丁重に仕掛けをしていただいた博士には感謝したい。
「あー、チョコレート…あったまっちゃったかな?」
やっと彼女はそちらに意識が向いてきたらしく、少しへこんだ箱を直そうとしていた。
「この――“ヴァレンタイン”というのは、愛しい人、恋人という意味らしいな」
その上に添えられたカードを取って俺がそう言うと、は「う…」と小さく唸り、頬に朱を差していた。
「でも、直接表現するよりも恥ずかしくないかなって思って…」
…とはいえ、メッセージカードや会話における“Valentine”は“恋人”というニュアンスが正解だ。
――ヴァレンタインという言葉に、チョコレートというプレゼント。
それはみな、俺の目の前にいる存在を少しだけ大胆にさせる手段だった。
効果は見ての通りだ。は俺に告白し、相思相愛であることを知り得た。
彼女にとっても大成功といったところだろうが……俺には彼女に、もう一つ越えてほしい山がある。
「あれ、でも待って、普通にそんなの言われたら恥ずかしいかも!」
彼女は言ったばかりの自らの発言を否定にかかっていた。…一人でせわしく考えているようだ。
ふむ、つまりは……カードに記す分にはいいが、会話で出されたら――。
「」
ん、と振り向いたが俺を見る。
彼女を射るように、僅かに目を細くして…俺は殺しにかかった。
「俺はお前のヴァレンタイン。そうだろう?」
瞬時に頬の朱は紅へと変わる。
「…そう、です」
耳まで広がるその姿。
…愛しい。の何もかも、全てが愛おしかった。
今の一撃は致命傷になっただろう。…だが彼女を救うことが出来るのも、この俺しかいない。
「だから…お前の好きにして、いいんだぞ」
さて、致死的な彼女はどうするだろうか?…俺にはわかっている。
何故なら彼女は――必ず、俺の望む結果を運ぶのだ。
しばらく俺をじっと見つめていたは、少しづつ俺に寄り、手を繋いだ。
そのまま静かに待つと、彼女は瞳を閉じ…程なく可愛い口付けを降らせ始めた。
「にぃに…大好き…」
受け止めるだけではつまらないので応えてやると、声が鼻から抜けて身体を震わす。…もう少し、だ。
名残惜し気に唇が離れて、息を漏らすと目を合わせたとき――これ以上にない続きの言葉が、俺を待っていた。
「……あ、あいしてる、よ…」
ついに俺は、笑みを零した。
「ああ。俺もだ、…」
「っぁ…!…」
ここまで頑張った褒美は、今日初めてになる“俺からの”キスだ。
は無意識に待っていたのだろう。いつも以上に悦んでいるのが五感で知れる――そんな振る舞いを見せてくれた。
…俺も、長く待った甲斐があった。
そう、俺はずっと――の口から、自身の言葉で、そのたった5文字を紡がせる為に……この一切を企てていたのだ。