3月2週目・日曜日のにぃに ・前

◇--呼称変われば態度も変わる?--◇

の首元で、ダイヤ型のペンダントが陽の光を受けて輝いている。
気候はまだ、暖かいとは言い難い。それなのに彼女がマフラーやストールの類を巻かないのは、訳があるからだ。
「あっ、ウォレットチェーンつけてくれたんだ!」
「…ああ」
今日はカジュアルな格好だったので、彼女の為に引っ張り出してきた。
「嬉しいな。やっぱり合うよ、にぃににチェーンって」
「そうか?」
俺はロボットだからか、金属の感触は嫌いではない。そういった点では、彼女の言うことも間違いではない。布を纏うよりかは鋼を纏いたい、という心理もそこから来ているのかもしれない。
「…にぃに。」
わたしには何かコメントないかな…と、は寂しそうに俺を見上げた。
「これのこと、だろう?」
その首元に光る、ダイヤのモチーフを摘む。そのまま、それに口づけた。
俺の人工の髪はの首筋をくすぐっていることだろう。
「っ!……にぃに、は…すごいや」
離れて彼女を見れば、胸を押さえて深呼吸していた。「ドキドキした…」という小声も聞こえた。思わず、俺は息が漏れるのを止められなかった。
「ク…まだ死ぬなよ」
「しっ!死なないよ!」
少し先を歩けば、小走りで追いついてくる。…彼女はコガモだ。


「にぃにー!こっちも見たいよ」
「…ああ」
たまにしか外に出られないので、はしゃぐ気持ちもわかるが…先ほどから似たような店しか見ていない。
別段自分に興味のある品でもないので、俺は彼女の仕草を見るしかすることがない。
……連れ立って買い物をする俺ら二人は、傍からどう見えるだろう。
俺は人間の格好をしている。街では、高性能ヒューマノイドの姿はまだまだ目立ってしまうからだ。防御力は落ちるが、武器は持っている。…こんなところで攻撃を仕掛けられる機会は、無いと言ってもいいが(そもそも、俺たちが仕掛ける側の立場だ)。
の俺への呼称は“兄”だ。人間の兄妹に見えるだろうか?それとも――。
「ずいぶん仲がよろしいんですね。ご兄妹で?」
…素晴らしいタイミングだ、店員。
「…どう、見える?」
「……」
俺の望む答えを言わせるのは、容易い。が、この問いにお前が答える必要はない。
鋭い目つきで見下すと、その人間は言葉を発するのを止めた。
に視線を戻せば、一通り見終わったようで俺のほうに近づいてきていた。
「迷ったから、やめといた。」
「……」
見るだけ見て、店を出る。この心理の読解には、もう少し時間を要しそうだ。


。少し、疲れたんじゃないか?」
「そうかな?」
客観的に見て判断するのも、俺の仕事だ。
「飲み物でも買って、休め」
彼女を促し、広場のベンチで缶飲料を摂る。俺は残念ながらE缶ではない。この程度でライフは削られないし、第一人間の格好で飲んだら支障が出る。
はやはり疲労があったようだ。糖分入りを選ぶと、隣で美味しそうに飲んでいた。

喉の渇きも落ち着いて、半端な量の残る缶をもてあそんでいたが、ふと俺を見つめた。
「…にぃに、って呼ぶとさ」
そこで言葉を切って、飲み物を一口含んでから続けた。
「何かこう……甘えたく、なる」
自分で言って、顔を赤くしていた。
「今まで以上にか?」
「えっ、そんなに甘えてないでしょ?!…ないよね?」
わざと驚いてみせたら、この反応だ。
「どうだろうな」
さらに視線を空に向けたら、「甘えない、甘えないよ、にぃに!」と俺の腕を掴んで振り回した。飲み物が零れないかだけが俺の心配事だ。

「…甘えてもいい。」
彼女が博士の箱庭よりも狭い囲いにいることを、決して気付かせはしない。
「お前の好きにしろ」
の自由は、俺の枠の中だ。俺にどうしてほしいかなんて、知れたことだった。

缶の中身が空になった頃、俺は指を絡めて手を繋いでやった。
嬉しそうに身体を寄せてくるの髪を、もう片方の手でひと撫でする。今度は頭をこてんと肩に乗せられた。彼女はここを動く気がないようだ。
…それに付き合う俺が、一番の甘やかし…なのかもしれない。


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――帰らなければ。……二人だけの時間もここまで、か。