「ブルースさーん、ブルースさぁーん」
聞こえる、聞こえる…。――聞こえているというのに!
樹の上から飛び降りて、のもとへ俺は走った。…とにかく口をつぐんでもらわないことには始まらない。
屋外とはいえ、雑木林のエリアは居住区にかなり近いのだ。いつも俺が他者を警戒しているというのを知っているはずなのに、俺を呼ぶことに執心してすっかり抜け落ちている。
「…大声で呼ぶな」
「あ!よかった〜来てたんですね」
グレーのマフラーを巻いた彼女は、ほっとしたような表情で俺に笑いかけた。
「……ああ」
定期メンテナンスで来ていたからよいものを、もし居なかった時のことを考えると、まったくぞっとしない。
「どうして呼んだ」
彼女はフフフ…と企んだような笑い方をした。
「あのですね。今日は大切な人にプレゼントする日なんです」
俺の目の前に出されたのは、丁寧に包装された小さな包み。
「ニホンて国ではこれを“義理チョコ”って言って、日ごろの感謝を伝えるんですって」
要約すると、今日は何らかの記念日で、他国の慣習に倣ったプレゼントを俺にしているということだった。
“義理”…か。律義な国柄、そして律儀な彼女だ。だが…。
「おまえに感謝されるようなことがあったか?」
俺の疑問に彼女は、ありますよ!と即答だった。
「ええと、ブルースさん。いつもわたしに構ってくれて、ありがとうございます」
「……」
…大したことでもない。彼女と居るのは、悪い気がまったくしない。
答えないままに俺がやや下を向くと(非常にこそばゆい気持ちになったのだ)、彼女のほうから言葉を続けた。
「そうそう。ニホンではいちばん特別な男のひとに“本命チョコ”っていうのをあげるんですって」
「そうか」
面白い慣習だ――と言いかけて、俺は気づいた。
「じゃあわたし、とっても探しているひとがいるので今日はこれで!」
また絶対来て下さいよーと去り際に一言残し、は忙しなく俺の前から消えた。
「……」
“それ”は俺ではない。そして…俺ではないここの他者なのだ。
…何ともいえない、気分だった。
「求めていたのは、俺のほうだったか…」
俺は――どういうわけか急激に苦しくなってきた。にもかかわらず、無意識に首もとの黄色いマフラーを強く握り締めていた。
木枯らしの、所為なのだろうか。
...more?
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