動いても動かない



E缶でエネルギーを補給したオレは、数分経って、いつもの感覚が戻ってきた。
薄ぼんやりとしていた世界から、霞(かすみ)が取り払われたようだ。

――昨日は、夜襲に行かされたんだった。
単機で乗り込み、全滅させたら軽い細工をしてくるだけのカンタンな仕事。…味方がいないほうが面倒が少ないから、どっちかっつーと好きなタイプの任務だ。
戻ってきたら明け方で、いつもの起床時刻くらいだった。これからデフラグに時間を使うのはもったいないので、そのままヴァーチャルプログラムを立ち上げて日課の模擬戦闘をした。
夜襲で昂っていたから、クールダウンも兼ねて、連戦。
で、そろそろメシの時間かとリビングに行って…誰もいなくておかしいと思ったところで、気づいた。
時計を見ると、オレは昼まで食べ損ねていた。
でもオレらにとっては、人間のメシなんてヤツらの酒や菓子みたいなモンだ。食わなくっても別に困らない。
なら、メンテでもしに行くか…と考え始めたところで、身体が重たくなって――目が覚めたら、目の前にがいたのだ。



「……オイ、いつからいた?」
が出て行ったドアの外から、気配がした。
「“オマエそこどけよすげージャマ”くらいからかなー」
そちらを見ないままに尋ねると、ひょっこり出てきたのは、ヘラヘラしたアホだった。
盗み聞きしてるなんて、思っていたよりもコイツは白くはないのかもしれない。
まあ……コイツのことはどうでもいい。さっきの出来事を思い返す作業に戻ることにした。

…でも、それから先は途切れ途切れだ。
どうやらとぶつかったらしく、二言三言やり取りしていたら彼女がわぁわぁとうるさくなった。
オレは構う余裕なんてなかった。何せ、早くエネルギーを入れないと完全なガス欠になる。
運のいいことに、メシは目と鼻の先にあった。それにあり付こうとした矢先――ビンタ、された。
そしてにまくし立てられ……。
――「わたしがいちばんバカみたいじゃない!!」
すげー勢い、だった。
E缶を用意したのは、今日はオレの部屋に来ない、晩メシは食わない。それだけ、何とかメモリに入れた。

「なんなんだよ、アイツは…」
ソファに腰かけなおして、大きく身体を反らす。
「……クイックって、ほんとバカだね。」
「あぁ?おまえには言われたくねーよ」
ひとりでに漏れていたオレの言葉は、中に入ってきたそいつにも聞こえたらしい。
キッチンに向かう姿を、目で追いつつ言い返した。
…いきなりバカだと?
おまえはオレより後発の、弟だろうが。しれっと言い放ちやがって…。

そいつは不器用に奥のグラスを取ると、冷蔵庫を覗いた。
「おれも…ほかのみんなも、のことを思いやるのに、それをしないのはバカだ」
「んだと」
オレの顔を一度も見ることなく、紙パックを取り出して封を開ける。
「できないと、これからダメになるよ。もったいないコトしてる。だから、バカ」
「な……」
オレンジ色の液体が透明なグラスに流れる。
「今夜、クイックは飛ばされるんでしょ。で、おれは明後日。…その次だっている。」
「……」
なみなみと注いでから、パックを元に戻す。

そいつは立ったまま、それを一気に飲み干した。グラスの中身が持った振動で床にこぼれたが、見えていないのか。
「ここも戦場。“いつかは終わること”で、そしたらが選ぶのはヒトリだ。意味わかる?」
オレは、始終をただ見ていた。…返す言葉も見つからずに。
……なんでオレは、コイツに言いくるめられてんだ…。
「もっと考えてから動けよ。あと、ぶっ倒れるのいい加減やめろ。迷惑だ」
口の端にオレンジ色の筋が流れても、そいつは気にも留めずにグラスをシンクへ置くだけだった。
用は済んだとばかりに来た道を帰るその途中、振り向いたそいつはオレに顔を寄せて、言った。

「…本当、今度やったらおれがオマエをぶっ壊すから。」

相性くらい知ってるだろ? と、最後に言い残して、クラッシュはオレの前から去った。ヤツのカメラアイは限界まで見開かれて、目玉が落ちてきそうなほどだった。
半覚醒……人格が反転しかかった状態だ。クラッシュにとっては――コレも“戦闘”に入っているという証拠。
……それは他のヤツにとっても、オレにとっても同じなのか?

「…オレのせい、なのか?」
を涙目にしたのも、クラッシュを不気味なほど静かにキレさせたのも――。
何をすることもできないで天井を仰ぐと、電灯がパチパチとチラついていた。
誰もいなくなったリビングと独り言の組み合わせは……ひどくむなしかった。


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前回の文中で唯一名前を出さなかった、クラッシュとの話。…メインはどっちd(ry
クラッシュは、本当にクイックに言ったタイミングでそこに来たのか…。

(101112up)