浮沈 ・後



サンドイッチを平らげると、はすでに食事を終わらせていて、アイスティーをすすっていた。
あのときと違って、身に当たる北風も去り、暖かい陽が長くさすようになってきている。まだ厚着はしているが、人間でも外に居やすくなったのだろう。だから…こんな行動に出たのだろうか。
「もう食べたのか」
「はい。あの、ブルースさんの分を多くしたから」
俺は食べなくても動けるというのに…。
「そうですけど、いろいろ食べてもらいたかったし…」
心中で言っていたつもりが、どうもそのまま喋っていたらしい。
しかし彼女は、ずいぶん俺に気をまわしているようだ。
「それとその…クセでつい」
「クセ?」
「食べないでいいって言うくせに、たくさん食べるっていう。そういうひとがいるもんだから、多めに作っちゃったんですよ」

「……おまえの“兄”か」
彼女の言い方にピンときたものを、また俺は口に出していた。
「兄?お兄ちゃんのことですか?何で知って…あ、そっか、よく覚えてますね!」
前に会った時のことを思い出したようだ。そう――が俺に間違って声をかけたのが最初だった。
「お兄ちゃんもまぁそうだけど、ほかにも何人かいて。みんなよく食べるんですよね」
ほんと大変なんですよ、という口調は全くつらそうではない。むしろ楽しそうだった。
「だが…ここにはお前と博士以外に人間はいないだろう」
「そうですよ?」
さも当然のように彼女は言うが、あのとき俺と間違ったことといい、要するに――。
「おまえの言う“兄”は…、俺のようなロボットなのか」
「はい。来たときからずっと親しくしてくれてて、もう兄妹みたいだなってわたしは思ってるんですけど」
混じりけなく微笑まれると、この状態が普通でない気がしている俺のほうが異常なのかと思えてしまう。しかし、こんなことは世界中見てもここでしかあり得ないことだ。

「だけどみんなは戦うのがホンショク…本職?だから、合間に構ってくれているって感じなんだろうなー…」
誰に言うでもないこの台詞からすると、本当に俺と同じような“心”をもった“戦闘用”ヒューマノイドがここに存在し、彼女のそばで生活しているということになる。
そういえば彼女に出会う以前に、博士の傍らに赤基調でマスクをしたヒューマノイドが居たことがあった。量産型のジョーとは一線を画するような見てくれだったために、印象に残っている。その時は喋ることもなくただの警護用かと思っていたが、あいつがおそらく彼女の兄妹的な存在の一人なのだ。
「……」
俺はとんでもない奴に拾われたらしい。俺の純創造主たる白ひげを蓄えたあの男と双璧をなす存在…その肩書に偽りはない。分野によってはあの男すら上回っている。


「あのう。ピクニック…楽しんでますか?」
聞くだけ聞いて黙りこくった俺に、がおずおずと訊ねた。深く考えていたことに気づいて、思考の焦点を修正する。
「……どうだろうな」
「…イヤな感じ、じゃないですよね?良かったかな?」
楽しいという感覚もよく知らない。今を表現するならば…なんだろうか。木漏れ日のさす雑木林の中、昼下がりにこんな俺が人間の少女と二人して食事をして、のんびりと会話している。今までにない感覚ではある。
体の芯が温かくて、少しくすぐったかった。

……俺に構って、何になる?」
気持ちを正常に戻したくて、俺から話題を切り替えた。
「何にって、うーん…。知らない人と仲良くなれるのは、とってもいいことじゃないですか?」
確かに漠然として回答に悩む聞き方だったかもしれないが、…彼女の答えも答えだ。俺も相手のことを言えない立場だが、彼女はずいぶんと世の中を知らないでいるようだ。
「わたしはブルースさんと一緒にいるの、とっても楽しいですよ」
ブルースさんは楽しくないですか?というの質問には、答え難かった。


何もすることがなくなった俺は、立ち上がってに背を向けた。途端、も慌てたように立ち上がる。
「もう、行っちゃうんですか?」
「…そう、だな」
振り向きは、しなかった。
俺はあのときから――前に進むことしか許されていない、そんな気がする。
「ここにずっといることは、出来ないんですか」
「……」
「戻って…きますよね?」
突っ立ったまま何の言葉も返さない俺の後ろから、彼女の声が聴覚センサを再び震わせる。
「戻ってきたらわたし、またおいしいご飯作りますね!」
明るい、だが少し必死な声音。
「そしたら、外の話を聞かせてください。わたしはあまりここから出られないから…」
その最後だけ、ボリュームが小さくなった。


「だから、今度は“戻ったよ”って――わたしにちゃんと知らせてくださいね…?」
どうしてなんだ。
「ブルースさんっ、絶対ですよ!」
どうしてこんなにも、おまえは――。

……結局振り返ることは、出来なかった。
駆け出した俺はそのまま木に飛び乗り、葉を揺らしながら雑木林を抜けて走った。途中でマフラーが引っかかりそうになって、忙しく片手でもうひと巻きした。
「……っ」
動力炉付近がおかしい。この短時間で、調子の浮沈が激しいのだ。
あの博士の調整に不備があったのか、それとも――。
しかし戻りたくはなかった。戻れば、必ずに出くわすだろう。
今は、彼女に会いたくなかった。…会う顔が、見つからなかった。


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...WEB CLAP?



自分の都合が悪くなると逃げるブルース兄さんは、ズルいです。