「ブルースさん!」
やや遠いところからの声に、目を覚ます。だ。
俺を呼ぶ奴なんて滅多にいない。人間の少女に呼ばれることも彼女が初めてだ。
「よかった、まだいてくれた!」
彼女は俺のいる樹まで駆け寄って、ぱあっと顔をほころばせた。
結局、あの後も俺は出る気になれず、ずっとここにいた。陽が地に覗きかけた頃からスリープに入り、気が付いたらそれが真上に昇っていた…つまり現在がそれだった。
顔が木陰にあったので、は俺がつい先ほどまで寝ていたとは気付いてないようだ。
「あのね、今日、いいお天気じゃないですか」
見上げて俺に話しかけるの両手には、大きめのカゴがあった。
「だから、ピクニックしましょうよ」
「ピクニック…?」
聞きなれない言葉に、下に降りた俺はそのまま聞き返していた。
「そう、ピクニック。ええと、お外で一緒にご飯食べましょうって意味かな。たぶん」
察したは俺に説明をした。しかし…、人間用エネルギー源の摂取をしようというのか。
「…ない」
「へ?」
「食べたことはない」
今までそんな行為をしたことはなかった。必要なことなどなかったからだ。
「えっ、じゃ、今までどうやってエネルギー…」
「E缶か、直入」
聞くなり、彼女はにわかに慌てだした。
「で、でも、食べられるん…ですよね?」
「…さあ」
機能自体がないわけではない。俺は戦闘用の割に、そういう無駄な部分がいくつかある。この…考える“心”や“感情”もそうだ。最初から備わっている。
俺の言葉に、しばらくの間をおいて彼女は明るく言った。
「……じゃ、試してみよう!…ね!」
とにかく行きましょう、と手を引かれて、俺たちは雑木林の奥へ入って行った。
彼女の手は俺のそれとずいぶん違うもので、手が離れても感触を忘れそうになかった。こんなことも、初めてだった。
「ここにしようかな。うん」
そう言っては持っていたカゴからシートを取りだして敷き始めた。
勝手を知らないのでただ突っ立っている俺に、手を動かしながらも説明を入れる。
「ピクニックっていうのは、こういう自然のきれいなところまで行って、それを楽しむもので、そのときに一緒にご飯を食べたりするんです」
「……」
「外でご飯を食べると、いつもと違っておいしいもんなんですよ。っと、はい。どうぞ」
ぱんぱんとシートを叩いて、ここに座れと促された。彼女はというと、靴を脱いで崩し正座をしていた。シートの上は“土足”で乗ってはいけないルールだという。
「おなか、すいてます?」
「…わからないな」
「そ、そうですよね」
そういう感覚がないのだ。彼女は少し焦ったように、変なこと聞いちゃいましたね、と返した。
「えー、今日のランチはこれっ!お茶も淹れてきたから、コップに入れますね」
水筒、というものから容器に液体を注いだ。はいちいち俺に「知ってます?」と聞いて、どんなものかを説明する。液体はアイスティーという冷たい飲み物だそうだ。
「わたしの好みでお砂糖が少し入ってるんで、口に合わないかもしれないけど…」
皿に出された食べ物は、サンドイッチというポピュラーな軽食。見たことはある。間に入る食物で名前が変わるらしい。俺に渡されたのはBLTサンドというものだった。
「じゃあ、食べましょっか。いただきます」
「…いただきます」
こう挨拶するものらしい。…何でもいいが、終始のペースに乗せられている。流れで従っている俺も俺だが…。やはり彼女と絡むと、俺は変だ。
口に運ぶ動作を真似て、それに倣う。入れると自然と噛みちぎって、繰り返し食物を噛み砕いていった。こういった一連のプログラムは入っており、正常であるらしい。
「ど…どうです?」
「不備はない」
俺の答えにはガクッと身体を傾けた。
「あー、そうじゃなくって…味とかそういう…」
「…よく、わからない」
何せ初めて口にしたものだ。味覚というものを初めてまともに使った俺には、比較や判断をする材料がない。
「……嫌いでは、ない」
嫌な感じはしなかった。…それだけは、言えた。
「本当に!よかったあ」
俺の答えに、が胸をなで下ろす。
「うん、上手くできたし、よかったよかった」
引き続き黙々と食物を運んでいる俺を見て、彼女もニコニコと笑顔で食べ始めていた。
これらは全て彼女が作ったものだという。作るには、やはり技術が要るのだろうか。
「あ、お茶も飲んでくださいね」
食べてばっかりだと詰まっちゃいますよ、と勧められ、サンドイッチからコップに持ち替えた。
その中身――アイスティーも、問題なく口に入れられた。味のある水だった。これはおそらく、冷却等にまわされるのだろう。
…甘い、という感覚を、俺は初めて覚えた。