「お、いらっしゃい」
「おじゃましまーす」
顔を合わせるのは夜に皆で食事をとって以来なので、そんなに間が空いているわけではない。食事時も互いにごく普通に過ごした。
その時に、「今夜、楽しみ?」と聞いたら笑顔で「楽しみ!」と返ってきた。二人の兄たちのもとで相当いいことでもあったんだろう。…そう考えるとちょっと兄に対して妬ける。ま、仕方ない。今日はおれの番なんだ。そう思って、に負けない笑顔で「おれも楽しみにしてるよ」と返しておいた。ちっちゃい弟がおれに「やーらしー」と言っていたが、気にしなかった。どうせ数日後には逆の立場になるんだし。
「あ、やっぱりベッドがある」
「兄さんたちのところと同じやつかな。最初、来たときはでかくてびっくりしたよ」
「緑とグレーかあ。バブル兄カラーだね」
とりとめなく会話。やはり今までなかったものに注目するものだ。
でもこのダブルベッドはおれの部屋におくとかなりキツイ。というのも、ほかの兄弟とほぼ同じスペースで大きな水槽やらなんやらと水っぽいものを置いているために、人間基準の居住空間が狭いのだ。おかげでテーブルセットをひとつどかす羽目になった。
「お風呂、もう入って来ちゃった?」
「うん、シャワーだけど。…なんで?」
「おれのところにたくさん入浴剤があるだろ?今度来た時はここでお風呂入りなよ」
早いかもしれないが、テストの意味も兼ねてちょっと誘ってみる。
おれの部屋は人間が過ごすには手狭な空間である中、一つだけ自慢できるのが件の浴室だ。この国は風土的にシャワーで済ます者が多いために、どの部屋も浴室が狭い。だがおれの部屋だけは違うのだ。なぜなら、おれは温泉に浸かるのが趣味だから!
でもなかなか本物の温泉に入れる機会が少ないので、大きなバスタブ+各地の温泉系入浴剤で気を紛らわしているのだ。
一般的な女の子なら付きあってもいない男の部屋の風呂に入るなんて、ある意味の自殺行為なんだが…。
「あ、そっか!バブル兄のところには大きなバスタブあるんだもんね」
「そそ。のところのユニットバスよりはゆっくりできると思うよ」
ナイス提案と言わんばかりのの声。…ホント、おれが親なら泣くよ。今のおれは違う意味で感涙しているけど。心の中で派手なガッツポーズしてね。
しかしここでおれの趣味が功を奏すとは…。博士に無理言って大きな浴室にしてもらっていて本当によかった。
「今度からそうしようかな。あーもしかして今日もそれ知ってればここ借りられたかも?」
は残念そうだ。女の子がお風呂好きってのは万国共通なのだろうか?いや、おれとしてはもちろん歓迎的なことだが。
「まあ、おれから言わないと気づかないことだよね。ごめんごめん」
すまなそうに言っておく。この反応だと、もっと昼間のうちから攻めていってもよかったかもしれない。損をしたな。これは次回以降の改善点だ。
「これが来たせいでイスとか持ってかれちゃったんだけど、適当に腰掛けてよ」
「ん、ありがとう。ふかふかだし、こっちのほうが嬉しいかもなー」
これもある意味ラッキー。イスがないせいで直接ベッドに誘導とか…順調すぎる。
「もう眠い?少し話でもする?」
「ごろごろしながらお話ししようよ」
「いいね。賛成」
マジでナイス提案。ここまで来ると怖いくらいだ。どうしよう、どこまでいけるだろう。どこまでいこう?
「さすがにこのままじゃ重いし硬いから、装甲は外しておくね」
「バブル兄も、装甲外せるんだ」
「まあね」
普通の装甲に加えておれは硫酸タンクなんて背負っているから、余計に重く感じて陸上を歩きにくい。当然、このままベッドでアレコレするにも邪魔になる。
まずそのタンクをゴトリと外して置く。
「そいえばさ、みんな装甲脱ぎたがらないよね」
「そうだろうね」
それは“戦闘用”だからだ。おれが陸でもフル装備しているのも、結局はそのほうが強いとわかっているからしているだけ。
「おれだってちゃん以外じゃこうする気にはならないし」
「そうなの?」
「そう。けっこう特別なんだよ?」
ゴーグルとマスクを外して、わかってる?と顔を覗き込むと、ちょっと照れていた。
「う…いいのかな」
「いいんだよ。きみは、僕らの唯一のお姫様なんだ」
そう言うと、今度は吹き出して笑った。くるくると変わる表情は本当に見ていて飽きない。
「…っ!ば、バブル兄ってそんなこと言うキャラだった?」
「どうかな。ま、いろいろ知るのはこれからでも遅くないんじゃない?」
ちょっとクサいこと言ってきみをリラックスさせてる意味、とかね。