「さてと。ここからは男子の生着替えってことで、ちょっと待ってて?」
「はーい」
メットを外した姿を見たは、イメージにぴったりだったという感想を漏らした。
ややクセはあるものの、至極一般的な黒髪。東洋の島国のごく普通の会社員のような、凝った要素が何一つないスタイル(は“優等生ヘアー”と言っていたが)になぜ博士がしたのかは訊いたことがないけれど、別に不満があるわけではないのでこのままでいいと思っている。メットを取ることもほとんどないし。
それよりもこの体型を何とかしてほしい。なで肩気味でなんだかプニっとしているのは、敢えてそうしたと以前に聞いたけど、その理由が「いちばん溺れそうにない体型っぽいじゃろ?」だなんて…あんまりだ。全然確証のない話だし、第一ロボットなんだからそこら辺は融通効かせられるはずだ。おれより前につくっているメタル兄さんがもっとカッコいい体型してるんだから、出来ないことじゃないのに。「このプニ感を出すのに苦労したんじゃ」と、そんな話を聞かされてもおれは返事に困るだけだった。
「こういう格好すると、なんかバブル兄っぽくないね」
己の体つきを再認識してテンションが下がりつつも、ロンTとイージーパンツに着替えてベッドに向かうと、からそんな反応がかえってきた。こういうやわらかい衣服は体型が微妙に隠せるが、隠せるという点で微妙にその体型がわかってしまうところが嫌いだったりする。
「まあ、いつもと全然違うからなあ。んーでも暗くしちゃえばわかんないよ」
「そだね。声は変わらないもん」
そっちのほうがおれにとっても好都合だ。
真っ暗ではなく、薄明かりに照明を調節してベッドへ入った。
隣にがいると思うと、おれは嬉しくて仕方がなかった。
日ごろ一人の時間ばかりってのも、多すぎるといいものではない。
「おれさ、博士に言われたときすごく嬉しくってさ」
「ん?」
「この…お泊まり会?の話」
直接的な表現をするとたぶんマズいので、ぼんやりと言い換えた。
「そっか。わたしは面白そうだなーって。そんなに嬉しかったの?」
「だってほら。いつもだと、なかなか会うこともないだろ?」
「でも、わたしが話に来てたじゃない」
「そうだけどさ。なんか、悪いような気もしてたんだ」
「どうして?わたしのほうから話を聞いてもらっていたのに」
「いや…その、“来てもらっている”感じがして――」
おれが陸に弱いばっかりに。
「悪くなんかないよ。バブル兄と話するの、わたし好きだもん」
「そう?…ありがとう」
語気を強めて言ってくれるなんて、うっかり自惚れてしまいそうだ。
「…だけどこの状態もいつもと変わらないのかもね」
条件はほかの兄弟と一緒だ。でも、後ろめたさは減ると思った。
「はぁ。。おれさ、すごくギュってしたい」
「ええ?うん」
もっと、に触れたかった。いつもこの部屋に来てもおれは水槽の中だから。
後ろから抱きしめたら、首筋からいい匂いがした。石鹸との香りだ。…このままでいたら、おれは二度と離れられないだろう。さだめも全て投げうりかねない。
ああ。これが本能っていうのかな。にキスがしたい。
「キス、してもいい?」
背中から、耳にささやく。
「…う。うん…」
やだって言われたとしても、したと思うけど。
一応ちゃんと聞いちゃうのがおれなんだよね…。
おれにとってのファーストキスは、にとってはたぶんファーストのキスじゃない。
くるりと身体を反転させ、おれはに軽く口づけた。
離して、また触れて、今度は深く舐って。
控えめだけどが応えようとしてくれているのがわかって、嬉しくもあったけど知ってるんだな、と感じてしまった。
それでも…何があっても、どうあっても、この子がおれにとって最高の存在だってことに変わりはなかった。
「好きだよ。。うん、大好きだ」
「わたしもバブル兄、好きだよ」
いい表情(かお)だ。嬉しさと恥ずかしさがない交ぜで、堪らない。
「はは、嬉しいなあ。もっとキスしていい?」
「う…兄さんて、ストレートに言うよね…」
今のおれはすっごくニコニコしているはずだ。未だキスに慣れないからか、困った顔をするはとても可愛らしかった。
「そうだね。真っすぐに伝えられるなら、それに超したことはないと思うからなぁ」
だってわざわざ回りくどくするより、このほうが真っすぐ伝わるって思うよ?
おれは腕にも、首筋にも、たくさん口づけた。
「もさ、好きだなーって思ったらおれにキスしていいんだからね」
「す、好きだけどさ。なんか…恥ずかし…」
うわ。ピュアだなぁ。いいなあ、これから崩れてくのが楽し…いけないいけない軌道修正。うーん。
「こうやって夜を過ごすことができるなんて、おれは幸せだね」
「そんな、大げさだよ。兄さんは」
「…そんなことはないよ。うん、ないさ」
そうだ――こういう穏やかな日が最も幸せで貴重なんだって、おれがいちばん分かってると思う。
可笑しいかな?僕たち…いや、おれは、戦闘をするために生まれてきているのに。だけど…。だからこそわかるってことも、きっとあるんだ。
「ずっとこうしていられたらいいのに。」
「…ん?」
「何でもなーい」
もう一度を抱きしめた。ちょっぴり及び腰になっていて、イジワルしたい気持ちになってしまう。
でも今夜は紳士でいるよ、。…次の夜はわからないけどね。