マグ兄(ry ・後



ポップな柄のカップに、一つ、二つとアイスが入れられていく。
…マグ兄さんはややアバウトなところがあるので、ほんの少し不安もあったことは内緒だ。
「お待たせいたしました。召し上がれ」
中までしっかり詰まった真ん丸が、三つ重なった。
最後に兄さんの襟元と同じ色の、ホットピンクのスプーンを挿して、わたしの前に差し出してくれた。
「うわぁ…ありがとうマグ兄!」
いただきまーす!と挨拶をして、一番上のアイスを掬って口に運ぶ。ふわっと溶けて、冷たさと甘さを感じると、暑さを忘れて幸せな気分になる。
このお店は一つのフレーバーでも、いろんな種類をミックスしているものが多い。マグ兄さんに聞けば教えてくれると思うけど、何が入ってるのか考えながら食べるのも楽しかった。

「……」
それぞれのアイスを均等に半分くらい食べたところで、向かいに座るマグ兄さんのことを思い出した。カップの中にひたすら夢中だったことに、やっと気づいたのだ。
どれだけ、食欲にとらわれていたんだか…。これがもしマグ兄さんじゃなかったら、「はしたない!」なんて言われたかもしれない。
「ん。どうした?」
視線を上げてチラリと見たら、マグ兄さんは頬杖をついてわたしを見つめていた。目まで合ってしまって、アイスで冷えたはずの頬が瞬時に熱くなる。
マグ兄さんの瞳が…何とも、あったかかったからだ。……そうやってずっと見ていたのかと思うと、恥ずかしさがこみ上げた。
「き…今日、お店忙しかった?」
とにかく何か言って、ついでに視線を逸らそうと――急いで言葉を出したら、どもった。

そんなわたしの心の内を知ってか知らずか、マグ兄さんは頭に引っ掛けていたお店のキャップを外しながら話した。
「休日だし、お客は多かったな。日中はてんてこ舞いだった、ほかのスタッフが。」
「マグ兄は…てんてこ舞い、しなかったの?」
「ああいう時は人間よりもわたしみたいなヒューマノイドのほうが、状況把握しやすいんだろうな」
「…あぁ」
そうか…。いっつもボケボケしてるからつい忘れてしまうけど、マグ兄さんはサードナンバーズでは次兄だった。
ニードル兄さんと研究所外のみんなをまとめているから、こういう対処は慣れているんだろう。
「仕舞いにはわたしが店長にも指示してしまってな。でも店長のほうが客当たりがいいから、そのほうが効率的だったんだが」
「店長さん…複雑だったんじゃないの?」
「いや。関係は良好だったと思う。だって…ほら」
マグ兄さんが、アイスクリームが入っていたボックスを指差す。そして小さく声を漏らし、苦笑のような半端な顔をした。

「何が最善か分かっているから、店長は自分より下の立場のわたしに指図されても、感謝の念を示してきた。…ああいう人間もいるのだな」
マグ兄さんは、ずいぶんできた人と仕事をしてきたみたいだ。この大量のアイスには、店長さんの感謝の気持ちがこもっているんだろう。
でも…マグ兄さんの人柄の良さも相まっているのは間違いないと思う。何だかんだでもしっかりしていて、人当たりも良くて、周りを見渡せるからだ。(……“人”?…うん、人だ。)
「お疲れさま、マグ兄さん」
「…アルバイトは、とても有意義だった」
通常任務以外の仕事もしておくべきだと感じたよ、とマグ兄さんは続けた。
サードナンバーズは専門特化しているから、セカンドナンバーズのように家事や雑務はしていないと、以前に聞いたことがあった。セカンズとは稼働のキャリアが違うから、仕事は自分の得意分野しかしない、と。
「そろそろ、サーズも視野を広げる時期に来ているのかもしれない」
マグ兄さんはそう言って、遠くを見ていた。
……わたしには見えないものを、見ているんだと思う。


「ああ、社会勉強になった。それにこんなお土産まで貰って、とこうやって過ごせて。最高だ」
いつものマグ兄さんの雰囲気に戻った。…もしかして、わたしの心の中も見えたのか――。
「ところで…」
「うん?」
マスク越しのその目が、楽しそうに揺れた。
「そのアイス、溶けた残りはわたしが平らげてもいいかな?」
――忘れてた!
慌てて手元を見ると…3つのアイスクリームは、カップを握りしめていたわたしの熱で、ほとんど溶けていた。
「うあぁ、アイスがぁ……」
「そうなる気がしていたんだ。…もう食べないだろう?」
「え、でも、まだ食べられる」
お腹にはまだ入る。とはいえ…この見るも無残な、形を崩したアイス……申し訳ない気分になる。

「一緒に掬うか、?」
「じゃ、スプーンもう一つ」
「面倒だな、貸してくれないか」
わたしが返事をする前に、マグ兄さんはホットピンクの小さなスプーンを掠めとっていた。
マスクを外して、アイスとはもう呼べないようなクリームを一匙。口へ運んで、目を細める。
「そう、こんな味だった…。高糖質高脂質で着色料に満ち満ちた、お世辞にも身体に良いとはいえないものを、多量に欲する……」
その大きな手では、このスプーンは小さすぎて、持ち手の端をつまむように持っている。
いつの間にかアイスカップまで自分の手元に引き寄せて、マグ兄さんは中身をぐるぐる混ぜ合わせた。
「身体への悪影響よりも、心の充足を優先させる人間の行動…。面白いね、
「…そ、そうかな」
それよりマグ兄……中、ぐちゃぐちゃだよ?
カラフルな絵の具も、全部混ぜたら変な色になる。それを、アイスで、実践しなくていいのに…。

「楽しい世界だ。」
ところどころマーブル模様で、鮮やかさのかけらもない半液体と化したものを、マグ兄さんは美味しそうに飲みこんだ。
「ああ。も、食べるんだったな」
「……え」
これで?この流れで?…これをわたしも?
「はい、。口開けて」
「……」
再びスプーンいっぱいに掬いあげて、目の前に差し出された。
…今にもしたたり落ちそうなそれを、甘んじて受け入れるか、やんわりと断るか――。
考える時間は、そうなかった。


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ボンヤリだけど意外に賢い、そんな拙宅マグ兄さんを社会勉強させたら、ものっそいろんなことを吸収してきそうな気がした。
ここのマグ兄は健康ヲタだけど、悪食も出来るよ。いろんな味を知らないと、良い物は選べないよ。


(100907up)