「まっ…マグ兄?!どうしたのこの格好」
「アルバイトというものを経験してきたんだ」
実家に帰ってきたマグ兄さんを一目見て、わたしはダイニングチェアから立ち上がってしまった。
彼の纏うチョコレートブラウンのポロシャツは、襟がホットピンク。いつものメットの上には、同じカラーリングのキャップを引っ掛けていた。
そのワッペンが、店のロゴを主張している。エプロンこそ掛けていないものの、これは間違いなく……。
「…サーティワンワン…」
「なんだ、知っているのか。31.1、貴重な体験をした」
マグ兄さんは――まさにその、店員の格好だった。


マグ兄さんが某アイスクリームショップで社会勉強してきたようです。

MAGNET MAN + ice cream shop uniform



「その…ユニフォームって、借り物なんじゃないの?」
メットとマスクが標準装備なのを疑問に持ちつつも、わたしは訊ねた。
「…どうだったかな。まあ、今日で退職したし、いいんじゃないか」
ユニフォームのまま外を出歩くこと自体、ふつうでも珍しいはずなのに、そのままで戻ってきたらしい。
マグ兄さんが抜けているのはいつもの事だけど、…さすがに気に掛けるべきだと思う。
「店長もにこやかに送り出してくれて――ほら、アイスまで分けてくれた」
釈然としないわたしを気にすることなく、マグ兄さんは肩に担いでいたクーラーボックスを目の前に出した。
大きなボックスの中を開けると、ドライアイスの白い煙が底から這うように外へ流れ出て、指先がひんやりする。
その煙が去ると、お店と同じカラフルなアイスクリームたちが顔を覗かせた。
「わぁ…!」
今の時期にアイスが魅力的に見えるのは、きっとわたしだけではないだろう。
もやついた気分が、一気に吹き飛んでしまった。

「マグ兄、これ重たかったでしょ…」
終わったシーズンフレーバーの残りをもらったらしいけど、…こんなにたくさんとは。
「ボックス抜きで10キロはある。では持てないだろうな。」
「ちょっとー10キロくらい持てるよ」
最初から無理だと思われたくはない。わたしだってライスの袋を担いだことくらいあるのだ。
「まあ、これはわたしが持たせないよ。あなたが持つのはスモールの三段重ねまでだ」
言い返したわたしに、マグ兄さんはこぶしをマスクにやってクスッと笑った。


「そうだ、今ってトリプルフェアやってたね」
「…食べるか?」
「食べたい。すごく食べたい!」
目の前にアイスがあって、食べないでは終われない。
「こんな時間だが、折角だ。ちょうど三種類あることだし…トリプルにするか?」
わたしはまだ、三段重ねを食べたことがない。
トリプルのロマンを頭の中で広げてみた。……魅惑のビジュアルだった。
「してみたい!あ、でも全部食べられるかな…」
「無理ならわたしが最後に平らげるよ。味が混ざってドロドロになってても大丈夫だ」
「それは悪いよ!だったら最初から一緒に半分こにしようよ、カップは一つでもいいから」
マグ兄さんは優しさでそう言ってくれているんだろうけど、そこまでしてもらうのはさすがに申し訳ない。

「カップお一つにつき、スプーンもお一つになりますが宜しいでしょうか?」
どこからかお店のカップを持って、マグ兄さんは店員みたいなニコニコスマイルをした。
「……二つが」
「大変申し訳ありませんが、お客様。チャレンジザトリプルはお一人分でございまして、スプーンを多くお付け出来ません。」
「……」
…これは、勝手を知らないわたしで楽しんでいる。間違いなく。
「…じゃ、いいですぅー」
「恐れ入ります、お客様。…なんてな」
スマイルがいつものに戻った。少し目じりを下げた、優しい顔をしていた。

「板についてたよ」
「そうか?」
いつもの装甲じゃないマグ兄さんは、本当にアイスクリームショップのお兄さんみたいだった。
働いてるうちに知ってたら、店内でアイスを食べながらマグ兄さんの接客姿を見たかった…なんて思ってしまう。…残念だけど、仕方がない。
「では、引き続いてわたしのスクープ捌きを見るといい」
「あれ…アイスディッシャー、持ってたっけ」
「それも一緒に持ってきた。」
「……」
いや、それも良くないんじゃ…という言葉を何とか飲み込んだわたしは、黙ってマグ兄さんを見守ることにした。
水を張ったボウルの中でディッシャーを動かす姿は、得意気だった。


RETURN TO MENU | NEXT→


ただマグ兄にユニフォームを着てほしくて書いた。描いてはいない(笑。
背景が白いのは…31ユニ着たマグ兄を載せたかった。絵師様永遠に求m(他力本願

以降の後編は加筆分です。