ふたりでお茶会を



「ただいま。久しぶりだな、
「マグ兄さん!おかえりなさい!」
エントランスに入ったところで、会いたかった少女とすぐに言葉を交わすことが出来た。
日々の任務の疲れを吹き飛ばしてくれるその笑顔に、わたしも自然と微笑む。加えて、後で彼女からマッサージでもしてもらえたらこの上ないと思うのだが。
リビングに向かう道すがら、から「今日は博士と二人で留守番だった」という話をされた。…珍しいこともあるものだ。
「今日マグ兄が帰ってくるって博士に聞いて、楽しみにしてたんだから」
「それは嬉しいね」
たまにしかこの実家へ戻ることが出来ないわたしには、彼女との交流の機会はとても貴重だ。それにここに来ても、“彼女が一人でいる”というのはごく稀なことだった。
何といっても、わたしより先発の兄上殿が8体もここを拠点にしているのだ。大抵は彼らのうちの複数が、互いを牽制しながらも、彼女のボディガードよろしくわたしの警戒にあたってくる。
…ここだけの話、わたしよりも彼らのほうがよっぽど彼女にとって有害なのではないかと考えてしまう。しかし博士が止めない限りは、ずっとこんな調子でわたしや他の外勤職の兄弟に目を光らせるのだろう。特に、上二つがあれでは…下もそうならざるを得ない、そんな環境だった。

「ところでこのキレイな箱、どうしたの?」
リビングに入ったところで彼女に問いかけられ、わたしの意識は戻された。
わたしがロウテーブルに置いた品に興味があるようだ。兄上殿にも行き渡るように購入してきたので、なかなか大きい。
、今日は土産を持ってきた」
その箱を渡して、開けてみなさいと言うと、彼女は期待を隠さずにうきうきと開封を始めた。
「わぁ。…何だろうこれ、お菓子?きれいな模様ー」
大きなドーナツみたいだ、と感想を漏らす。…そうか、彼女は知らなかったか。年輪のような模様の入った、この菓子を。
「マグ兄ぃ、これ何ていうの?」
「これはバウムクーヘンという、ドイツの焼き菓子だ」
わたしがそう言うと、は「ドイツ!」とオウム返しをした。今回の仕事が遠出だったのも知らなかったらしい。わたしを随分と労ってくれた。
「お茶を淹れて、一緒に食べようか」
「うんっ、喜んで!」
案の定に、彼女は二つ返事だった。

「わたしはバウムクーヘンを用意しよう。飲み物を頼めるかな」
「もちろん!わーマグ兄さんとおやつタイムだー」
スキップしそうなほどの軽快さでキッチンに向かうに、わたしも続く。
「マグ兄ー何飲みたい?」
咄嗟にこぶ茶がいいと答えたら、絶対合わないからやめてと言われてしまった。…美味しいのだが、仕方がない。わたしが彼女に合わせて、コーヒーにしても構わない。
さて。わたしのほうも、作業を済ませなければ。
購入してきたバウムクーヘンの直径はそう大きくないが、厚み…というか高さがあるので、ナイフで切り分けて輪の形のままを皿にのせた。若干、斜めに切れてしまった気がするが…まあ口に入れれば同じだ。気にしないでもいいだろう。

「食べたら模様が切れちゃうね。ちょっと勿体ないな」
ソファに掛けたは、ロウテーブルに置かれたバウムクーヘンを穴があくほどじいっと見つめながら(既にあいているが)残念そうにつぶやいた。
。これは薄く一枚づつ剥がして食べるのが正式だ」
「え?!」
「嘘だよ」
隣でマスクを外したわたしは、満面の笑みで告げた。
わたしの言ったことを信じかけていた彼女は、自分への恥ずかしさとわたしへの怒りたさが入り交じる顔をした結果、こぶしを作って訴えた。
「もーマグ兄さんがウソ言うとか思わないんだから、やめてよね!」
「や、それは悪いことをしてしまった」
「ホントだよ!」
だが最後には笑顔になって、わたしの腕を掴んでじゃれるように揺すった。その力に任せたわたしの身体は、左右に振れる。そんな姿を見て、さらに彼女からクスクスと笑い声が漏れた。
…嘘も方便、とはよく言ったもので――本来罪作りであるはずの嘘が、物理的にも精神的にもとの距離を近づけるのだから、不思議なものだ。


二人で「いただきます」と挨拶をして、菓子を口に運んだ。購入してきたバウムクーヘンは、しっとりとした食感で甘さもくど過ぎず、美味だった。
も綺麗な模様より食欲のほうが大事だったようで、わたしが美味しそうに食べている様を見て輪っかを崩し始めた。
「…わ、おいしー!」
彼女にも合う味だったようで、わたしはより一層嬉しくなった。
行列が出来ていた店に取りあえず並んでみたのだが、いい選択をしたようだ。
。この模様を作るには、特殊な焼き方をしなければならなくてな」
随分と模様に執心している様子のに、わたしは製法を話した。
バウムクーヘンは、芯となる棒に生地を絡めつけて、専用オーブンでぐるぐると回しながら直火で熱していく。それを繰り返し、焼きあがった後に棒を外すので、中心に空洞ができるというわけだ。
「じゃあこれ、何回も生地をつけて焼いてるんだ…」
手間のかかるお菓子なんだね、と感心しながら彼女はまた一口とバウムクーヘンにかぶり付く。フォークで上品にしてもいいが、もそもそと頬張る姿も悪くはなかった。

丁度三分の一程度だろうか、バウムクーヘンは上部がなくなって、丸からUの字型になっていた。
「なんか…マグ兄さんの頭のところの飾りと似てるね」
が片手でかざして、わたしのメットにくっ付いている装飾と照らし合わせる。
「…そう、だろうか?」
何とも、斜め上の発想だ。Uの字型になれば何でも似ていると言いだしそうだ。
「しかし…。もっと大きいバウムクーヘンは最初から切り分けないと、とてもではないが食べられないぞ」
「大きいのもあるの?」
「あなたの顔くらいおっきい輪っかを出されたら、いくらでも困るだろう?」
は少し考えて、確かに…と唸った。すでに困ったような表情だった。
わたしはというと、そんなサイズのバウムクーヘンを一所懸命にかぶり付こうとする姿を想像していたら笑みが零れていたようで、「マグ兄…なにニヤニヤしてるの」と彼女に言われてしまった。
…マスクをしていたら、バレなかっただろうか。


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