最期の瞬間までと居たいけど、そんなことをしたらの悲しい顔を最後に見てしまうだろう。
最後は笑顔を見てから消えたい。…ワガママだらけだったボクの、最後のワガママだ。
……本当は、究極的に言えばボクがの最期を看たかったのに。
ボクの姿を虹彩に焼き付けて逝ってほしかった。その役目は、新しいボクにさせてやろう。これからたくさんのことを知っていけるなんて、新しいボクがうらやましくなる。
「ヒート…っ!」
「…」
彼女の部屋のドアを開けた途端、がばっと抱きしめられた。
この黄色いボックス越しじゃあ、そんなに勢いよく来たら硬くて痛かったはずだ。
「なんだ…知っちゃった?」
「知っちゃったも何も、どうしてこんな――」
声がざらざらしてる。…泣いてたな。
教えたヤツは一体誰なんだか。ボクの最後のワガママは叶いそうになかった。
「」
あやすような、穏やかで優しい声をに届ける。
「誰しも終わりはあるの。ボクはちょっと早かっただけ」
背中に手をまわすと、いつもと変わらない体温がボクの手に伝わる。
「悪いコだからね、ボクは。…それで合ってるんだ」
ああ。この暖かさも、いま喋ったことも聞いたことも、すぐに零れ落ちてしまうのか。
「ボクのせいでもあるし…自分でセキニンは取らないとね」
出会った記憶も、遊んだ思い出も、その全部を…間もなくゼロにしようとしているのか。
「……」
ボクにこんなセンチメンタルは似合わない。ボクらしく…ない。
それなのに。
「ヒートちゃんは…、それでいいの?」
そんなこと、聞かないでよ。この…ニブスケ。
「…ホントは怖いよ」
弱味は見せないのがポリシーなのに。
…顔が見えない状態だっただけ、まだマシだった。
強がりの皮をもう一度被りなおし、ボクはの腕をほどいた。
彼女と目を合わせると、赤く腫れていた。
「…ゴメンね」
ボクにはそうとしか言えない。
「ヒート――」
「新しいボクも、可愛がってあげてね」
「……ん」
言いかけたのをボクがあえて遮ったら、彼女は言葉を呑み込んだ。
「そいつもきっと、のことを大好きになるよ」
でも…ボクのことも忘れないでくれると、嬉しい。
「ボクといて楽しかった?」
「そんなの、もちろんだよ」
「…じゃあさ、いま思いだして」
そう促すと、は眼をつむってじっと考えてくれた。
「楽しい気分、思いだせた?」
「…うん」
微笑んでくれた。…さみしさとかなしさが入り混じった顔。
いつものキラキラしたやつがほしかったけど、ボクはそれでも十分だった。
「大好き。」
ギリギリまで背伸びをして、サヨナラのキスをした。
最後のキスは、しょっぱかった。
…少し屈んでくれるの優しさを見られるのも、これでおしまいだ。
「の好きなキャンディ、まだボクの部屋にあるから食べていいよ」
せめて口の中だけでも甘くなればいいって思った。
……新しいボクも、キャンディを好きになるのかな。
「…バイバイ、」
そうだ、――ボクだけでも、笑顔で。
ぶりっ子でも演技でもない。欠け始めているココロから、キミだけにささげるんだ。
最高の笑顔で、ボクはと別れた。
ドアを閉じて廊下に出たら、視界が一気ににじんできた。もう、冷却水が空っぽになるまで零したって構いやしない。
…博士の待つ部屋まで、道しるべが出来るかもしれない。
最後の最後まで下らないことを考えながら、ボクは博士のもとへ向かった。