心あるヒューマノイドの終焉形 ・前



まさかボクに最後の日が来るだなんて、思ってもなかった。

ボクは、あの青いガキンチョにやられるとも思ってなかった。
腕も脚も片方ずつバラバラに砕けて、自慢の黄色いライター型のボックスはもとの形がわからないくらいボコボコにされた。
だけどボクはロボットだ。外見のケガなんて、博士さえいれば何回だって直せる。
そう思って、ボクは壊されたまま、あいつがクイックのところで苦戦しているのをモニター越しに見てほくそ笑んでいた。

しばらくして博士がボクを直しに来てくれた。
意識はあってもカラダの自由が利かないボクを研究所の奥へ運んで、いろいろチェックしてくれた。
バラバラになった腕と足も、ボコボコになったライター型のボックスも、10日余りで新しいのにとり替えられてピカピカになった。
それで、「これで元どおりだね博士!」ってニコニコしながらボクが言ったら、博士はこう言ったんだ。

「ヒート。記憶回路に損傷があった。近いうちに、お前の記憶はデリートされる」

笑顔のまま、ボクは固まった。
は?なにそれ…どういう意味?
理解できないまま半分反射的に訊ねると、答えはけっこうシンプルに返ってきた。
あの青いやつが放ったバブルリードの濃硫酸が回路に入って、腐食が進行していて元には戻せない。
すでに何らかの記憶が欠損してるはずだ。毎日…いや毎分、記憶が消えてじきに無くなる。
だったら今ある記憶だけでもどこかに移せないの、と聞いたら、それも無理だという。
接続端子が全部死んでいるらしい。どうしようもない、と言われた。

「は、はは…絶望的じゃん」
ノドがカラカラする。声が引きつっていた。
「バブルにーちゃんがやられちゃうから、もう…サイアクだよ…」
ボクがあいつと当たる前に、バブルは倒されていた。水中にも入れない身体になって陸で呻いていた。
バブルはいつか元どおりになるだろう。でも、ボクは――。

ロボットに本当の死なんて来ない、ってずっと思ってたけど、どうやら違ったみたいだ。
ボクたちのような“心”があるロボットは、それを失ったら終わりだったんだ。
いくら外見を直せても、心をなくしたらそれはもうボクじゃない。
新しいヒートは、ボクとは別のヒートになる。
ボクは、終わりが見えて初めて分かったのだ。

「どうする、ヒート。このまま、記憶がゼロになるまでいるか。それとも…」
ゼロになる前に、ゼロから始めるか。
……カミサマは残酷なことをする。ボクは悪者だから、そういう運命だったのかな。
自分でもいい性格してるって思うし、天罰ってやつ?…まあどうでもいいや。
息をひとつ吐いて、ボクは博士に告げた。
「博士。ソッコー替えちゃってよ。回路」
「……、よいのか?」
なんだ。博士のほうがびびっちゃってんじゃない?
…だけどその妙な間に、ボクも気持ちがふらついた。
「…うん。でも、最後にみんなと…に会ってからでも、いい?」
あーあ。ボクって未練たらたらだよね。いざとなると女々しくなっちゃってさ。

好きなだけ会ってきなさい、と博士は言ってくれた。

それから、たぶん二週間ぶりくらいでみんなに会った。
ボクの末路を知っているらしく、会ってもみんないい表情は見せずに変な雰囲気になってしまった。だから、こっちが気を使って明るく振舞わないと、やってられなかった。
バブルにも会ったが、まだ完全には治っていなかった。身も心も痛々しくて、ボクのほうがつらくなった。こんな気分になるのも心があるからで、今度新しくする時にはこれだけ要らないなぁなんて考えたりした。

ただメタルだけはいつもと変わらない感じで、ボクが「今日にも、ボクは死んじゃう予定」って軽く言ったら「そうか。」ってだけ。にーちゃんは最初っからココロ成分薄いんじゃないの?って思ってたら、「わかっただろう、永久などないことが」…と言葉が続いた。
「悔いはないか?…悔いは残すな。」
去り際に、そう言っていた。
…メタルらしい、キザったらしいセリフ。
「悔い、ねえ…。ありまくりだなぁ」
あんなに好き勝手やってきたはずなのに、し足りないことばっかりだ。
ココロが死ぬまでに、せめて一つだけ。…そうしないと、ボクは気が済まない。
――とにかくに会いたかった。


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