「せっかくだから、食べてほしいんだけどなぁ」
晴れて俺とイイ関係になったは、箱の開封を促していた。
「お前ってマトモに料理できたっけ」
「人並みには出来るよ。ていうかいつも出来てるでしょっ」
家事は俺ら+の当番制なので、彼女の料理の腕はもちろん知っている。
「でも菓子作ってるとこなんざ、見たことねェぜ?」
「…フラッシュのために洋酒たくさん入れといたから、たぶん大丈夫だよ」
…今、少し間があったよな。不安なことだ。
「あのな…入れりゃイイってモンでもねェから」
そう言いながら箱を開けると、それぞれ形や色の違う一口サイズのチョコレートが幾つも並んでいた。種類を多く作るってのは、地味だが手間の掛かることだ。
「見た目だけは合格点だな」
「“だけ”って!食べておいしーってびっくりすればいいよ!」
これ以上からかうと本気でヘソを曲げそうなので、そろそろやめてやる。
「しゃーねェから食ってやるか」
どうぞどうぞ!と向かいでにこやかに勧めるのほうを早く食らいたい気分だが、後に取っておいてやる。
「……!」
口に含んだ途端、衝撃を受けた。おい…このラムの香り!
それは博士の秘蔵にしているものだった。一人で出してこれる代物ではない。ということは…!
まさかとは思ったが、この一連の流れ…あのクソ親父もグルになってたのか!
「ね…どうかな?」
ふと彼女を見ると、俺が口に入れたきり何も言わなかったので不安げにしていた。
「ま…、うまいんじゃん?」
この程度のモノ、余程やらかさない限りは不味くなりようもない。しかも超上物の洋酒を使っているのだ。
「やった、褒められたっ!」
小さくガッツポーズをするを横目に、二つ目を放り込んで再び考える。…これも上物のブランデーが入っている。まったく…頭が痛くなってくる。
どうせ今日のコレは、博士の発案から来ているのだ。ある意味、も巻き込まれた被害者だろう。
しかし…と俺との、この扱いの差は何だ?!
には大切にしているはずの高級酒を無条件に使わせて、俺にはわざわざ不得手な仕事をさせるなんて――。俺は彼に恨まれるような事をした覚えはない。…理不尽だ。
「でも…よかったぁ。おいしいって言ってもらえるか、すごく不安だったんだ…」
の言葉に、思考が現実に戻される。
胸に手を当てて息を吐く姿を見るに、ずいぶんと出来が心配だったようだ。
「フラッシュって料理上手いし…自分で作るだけあって、味にうるさいでしょ?」
…そうだ、今は彼女との時間を大切にすべきだ。深く考えるのはやめにしたほうがいい。…とりあえず今だけは、やめにする。
「ま、俺は製菓は専門外だからな」
俺は自らすすんでは菓子を作らない。
菓子作りなんざ、乙女趣味な次兄サマにでも任せておけばいいと思う。ヤツは嬉々として作るから、打ってつけだ。
「フラッシュが作ったら、絶対おいしいのが出来るだろうにー。もったいない」
「…興味が湧かねェ」
俺はやるからには徹底的にやり尽くしたいタチだ。調理はしても、コッチに関しちゃそこまでする気にはなれない。
「じゃあさ、今度一緒に作ろうよー」
フラッシュがいたら、難しいやつでもきっとうまくいくだろうし!なんて、勝手に期待しやがって…。
「お前がエプロンした格好が好かったら、考えてやらなくもないぜ」
「え、どういうこと?カワイイエプロンだったらいいの?」
…それだと半分ハズレだが、エプロンを一緒に買うところから始めよう、という彼女の提案には賛成しておいた。
「……」
しかし何だ、先ほどからの目が俺の食べる動きを追っているが。…もの欲しそうだ。
じっと見られながらというのは、何とも遣りづらい。
「…おまえも食うか?」
「え、いいの!」
自分の作ったモンだろうが…。そんなに嬉しそうな顔で俺を見るな。思わずニヤけてしまいそうだ。
――だが…俺は意地の悪い男だ、というのを彼女は忘れている。
「おー」
そう言って、俺はの手前まで持ってきていたチョコレートを寸前で戻し、自分で食ってやった。
「いま…おーって言ったじゃない」
「そうだな」
「何でフラッシュが食べてんの!」
「そりゃあ――」
悪い笑顔で彼女に寄っていく。
…こうやって自分のペースに出来ると、本当に愉しい。
「これから、くれてやる為だよな。」
「はぅ!」
喋りかけた口を俺の唇で塞いで、チョコレートをご贈呈。
「…足りなかったら、幾らでもしてやんぜ?」
唇から耳まで、舌でひと繋ぎ。甘味(かんみ)を付けて汚したうえに、吐息をかければ一丁上がりだ。
俺が何でこんなに甘いのか…お前は知らぬままに、おちてしまえばいい。
ただ――底はねェから気をつけろよ。ま…もう遅いだろうが。