'10 Vt.-Day dream #3-F

+--女子のパワーを思い知れ。--+

…意味がわからない。
博士にこんな命令をされたことは、今までなかった。
昨日、急に俺に外の仕事をさせたかと思えば、戻ってきた今日はこれ以上部屋から出てはならないという。
他にもいろいろ言われはしたが、「とにかく休め、明日の朝まで出るな」って…そんな命令あるか?ンなのは軟禁と同じだ。あのクソ親父もいよいよモーロクしたのだろうか。…それはそれで困るのだが。
だいたい、俺単独で外仕事をさせることがまずおかしい。その中身も拠点破壊だ。…博士が俺の能力傾向を知らないはずはないのに。そういうのは、上のアホか下のチビに任せるべきだ。喜んでぶち壊しに行くだろう。
おかげで俺では時間が掛かった。帰ってきたのはつい先ほどだ。日も天辺に近い。
「要らねえ苦労だろ、なァおい…」
キツい煙草が吸いたい。…最高に気分が悪かった。


あぁ胸糞悪ィ。部屋で紫煙を吐いても、何をしても…イライラは治まらなかった。
確かに多少疲労はしているが、E缶を使ったので研究所にいるぶんには関係ない程度のものだ。
あの親父、俺の自由を奪って何になるんだ。…命令に逆らえない立場であることを恨めしく思ったのは初めてだ。
これではあいつにも会えやしない。何だかんだと忙しくて、数日の顔を見ていなかった。今日は誰と当たるんだったか?この前ズレたから、カレンダー通りではなくなったはずだ。
まて…そもそも今日は何日だ。時間感覚もおかしくなっている。おいおい、俺はヒューマノイドのはずだろう(しかも時間を操るという…)。
「……」
酷い有り様だ。こう一人でいたら、精神制御部分が焼き切れかねない。
「…写真でも撮りに行くか」
ほんの数十分だ。博士も気づきはしないだろう…。そう思った俺は、カメラを片手に部屋を出た。
そしてどこかでと会えでもしたら、更にいい…なんて考えていた。


 「……――でよければ……」
 「えっほんと?」
居間に入ろうとすると誰かとの話し声が聞こえてきたので、俺は足を止めた。
 「でも…――“バレンタイン”が務まるかはわからないな」
バレンタイン…。そうか、今日はバレンタインデーだったか。
「……」
思い出した俺は、はたと気付いた。
…待て。これは…もしかすると、俺はとんでもない時にこの場に来てしまったか?

バレンタインデーとは、恋人同士が贈り物をし合う、もしくは想い人に告白をする日だ。この国では特に男が女をもてなすことが多い。
“バレンタイン”とは、恋人の意味だ。今日に限れば…デートの相手を指す場合もある。
 「うー…えと、その…一回して、いい?」
 「もちろん。のお願いは断らないからね」
…二人は俺に気づいていない。
離れようにも、どうにも気になって足が動かない。
俺の動力炉はバクバク言い出していた。オイルの巡りが逆流するかのようだった。
逡巡の末に俺は誘惑に負け――息を潜めて密かに部屋を覗くと、その手元に見えるは…小奇麗な包みだった。

これは…この状況は――!
どう考えても、がヤツと付き合おうとしている瞬間だった。
少なく見積もっても、がヤツにデートを申し込んでOKを貰う図だった。
「……ッ」
反射的に身を翻し、俺は廊下を駆けていた。
自室のドアを乱暴に閉じ、寄りかかってずるずるとへたり込む。
「ンだよあれ…どういうことだよ……」
…呟く俺のカッコ悪さったら、なかった。


――なのに、そのたった数十分後だ。が俺の部屋に来ていた。
「何で、お前がここに来てンだ…」
「えっ?そ、そんなの用事があるからに決まってるでしょ」
こんなところにいる場合じゃねェだろうが。…馬鹿か?
…だが、「いいから入れてよ」と言って聞かない彼女を追い返すほどの甲斐性は俺になかった。
「…入れよ」
不貞腐れたような声で言うしかなかったこの俺は、我ながらどうしようもない。
そして部屋に入るなり、彼女は聞きたくもない話題を切り出してきた。
「ねえ、フラッシュ。今日がバレンタインデーって…知ってる?」
「ああ」
…さっきお前とヤツとの会話を盗み聞きして知ったンだよ。
「あのね、ニホンのバレンタインって、女の子が大切な男の子にチョコレートをあげるんだって」
「へえ」
…さっきの包みの中身はチョコレートか。何か?俺に成功報告でもしに来たか?望んでもないのに。願い下げだぞ、この阿呆。

「わたし…それを初めて知って、それで――フラッシュに」
これを作ってきたの、と先ほど見たものよりも一回り大きい箱を出された俺は、一瞬で目が点になった。
「それとね、伝えなくちゃいけないことがあって…。わたし…フラッシュだけには、他のみんなと違う気持ちがあることに気付いたから」
それは先ほどのよりも丁寧な包装で、綺麗なリボンが掛かっていて…メッセージカードまで付いていた。
「……」
混乱してきた。こいつはヤツにデートを申し込んだのに、俺にはより大きなプレゼントをしている。しかも“My Dear Valentine.”…だと?意味わかってんのか?!

「だから、その…わたし、フラッシュが――」
「冗談も大概にしろ、……最愛の誰かさんが泣くぜ?」
いや、泣くのは俺のほうだ。これ以上お前におちょくられたら…俺の胸は潰れる。
「え、誰かって…誰のこと?」
「とぼけんな、さっき居間で話してただろうがッ」
最大限の虚勢も空しい。もう助けろよ
「あ、あれは義理チョコあげてただけだよ!」
「…ハァ?」
義理ィ?お前は義理であげるのか。そしてバレンタインにおける義理って何だよ?
「フラッシュって思ったより鈍いんだね…。よし、ちょっと気合い入れる」
何だか、酷いことを言われた気がするが…。
――すぅ、と彼女が息を吸い込むのが、聞こえた。

「わたしは、フラッシュが好きなの!誰よりも、いちばんにっ」
「!?」
いきなり強く腕を引かれた、と思う間もなかった。
俺の唇に、のそれが覆いかぶさっていた。
本来俺が屈(かが)まなければ、立ってキスなんて出来やしない。今だってきっと、つま先立ちだろう。
しかし、そうとは思えない力強さだった。…これは、してやられた。
「っ…わかった?」
それだけやった上で、まるで勝負をしているような目で俺を見やがる。
「…あァ」
疑心暗鬼も何もかも、掻き消すようなキスだった。
女ってのは時たま、こんな風にもの凄いパワーを解放させてくることがある。…恐ろしいことだ。

「フラッシュ…。返事、してよ…」
そうかと思えばすぐに――こんな、女の顔をする。
ったく…こいつはどこまで俺を狂わせたら気がすむんだ。
だが、ここからは男の見せ処にしなくてはならない。やられっぱなしはもう御免だ。
「俺の面目を保たせろ。こういうのは女に言わせるモンじゃねェ」
――遅いと言われても、仕切り直してやる。
「…。俺の女になれよ」
「フラッシュの、女?」
おい…ここでポカーンはないだろう。
本当、こいつの偏った知識をどうにかしてほしい。…おそらく、許可は下りない。
「…俺が悪かったよ、言い直す」
ハァと一つ息を吐いて、頭をかいた。…恥ずかしくなってくる気持ちを誤魔化したかった。

「俺の彼女になってほしい。…愛してンだ」
――の答えはもちろん、イエスだ。
今度は、俺から――崩れるほどのキスを見舞ってやった。
へのプレゼントは、まだまだこんなモンじゃ足りないだろうが…それはこれから、少しづつあげることにしようか。
俺は期待に応える男だ。安心して身を委ねて来い、


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フラッシュって、地獄耳だと思うんだよね。
うちのフラッシュさんは喫煙者なんですけど、そんな描写をするのは初めてでしたね。某動画の影響です。

それと、おまけと少しリンクさせてみたかった。本編もおまけも、1本でしっかり完結するようにしているつもりなのですが、
たくさん読んで下さるとムフフとなるような部分も入れたかったりします。なんか得した気分になると思うんで(笑。

あ、彼ともう少しあそびたい人は次ページへどぞー。