'09 X'mas dream #4-Bl

--マフラールートは切ない後出し--

「グレーの…マフラー?赤と黒と…白のチェックが入ってる。わ、使いやすそう!」

「これは…?」
が目をキラキラさせて彼らを見渡したが、返事はない。かわりに返ってきたのは、鈍い反応ばかりだった。
「エアー兄さん?」
「いや…俺ではない」
「実はボクの!って言いたいトコだけど、中身ぜんぜん違うしダメかなー」
ウッドとエアーが聞きあっている横で、ヒートが独り語ちる。
「ヒート、それはダメだかんね!…あ、もしかしてクイックかな?」
「は?こんなのオレじゃない!」
クラッシュやクイック、皆それぞれで確認しあうも、見覚えのないプレゼントを自分のものと言い張る者はいなかった。
「博士から、ではないのですか?」
メタルは置かれていた9個目プレゼントを、博士からのものだと考えていた。
「ワシではないぞ。ここのところ研究室に篭もっておったせいで、用意するのを忘れてしまってな。…すまんな、
「ううん!一緒にごはんを食べられただけでも嬉しいんだから、十分だよ。忙しいのにありがとね」
首を振ってが博士に答えるも、送り主の謎は解明されなかった。

「でも…みんな違うのかぁ。じゃあ、誰が…」
不思議そうな顔で、が考え込む。
彼女の交友関係は、あって無いようなものである。その中で、ここにいる彼ら以外に自分と面識があって、“マフラーを送るような”者だ。
「あっ」
ハッと顔を上げて彼女が声を発した。思い当たるのは、ひとりしかいなかった。
その姿を見てニヤリと笑みを浮かべたのは、博士だけだ。
「え、何?
「どうした」
に詰め寄る彼らを一蹴して、博士が話した。
。あとの片付けは皆でしておくから、部屋に戻りなさい」
「え…いいの?」
「ああ。そのままでよい。そのマフラーだけ持って、暖かい格好でもしておくとよいじゃろう」
「ん…?」
言葉の意図をわかりかねたが博士に聞き返すと、彼はいたずらっぽく笑ってこう言った。
「“サンタクロース”が来るのは今夜じゃよ、
少しの間、窓の外を眺めていなさい。と付け加えて。

「!」
の目が円くなった。
彼女は博士に、その思い当たった送り主について話をしたことはなかったのだ。
「博士、どうして――」
「奴はなかなか姿を見せたがらん。機会を逃さんよう、早めに行ったほうがよいぞ?」
博士も彼女に、あえてその存在に対する話をしてこなかった。だが二人が既に出会っていることは知っている。…その“彼”伝いにだ。
「そうだった!」
“彼”の性格を思い出して、は慌ててプレゼントのマフラーを手にまとめてドアへ向かった。
「あのっ、わたし、今日はもう部屋に帰るね!みんな本当にプレゼントありがとう!おやすみっ」
いつもより早口でまくし立てて彼女が去ったあとのリビングは、呆気に取られたような顔ばかりが並んでいた。

「えっ、ちょ…!?」
引き留めようとしたクイックの手は空を切った。
「…博士、どういうことですか」
「どう…と言われても、のぅ――」
当然の疑問を仕掛けた元凶にバブルが問うた。
「…ま、みなワシの子みたいなもんじゃし?親が子をある程度コントロールするのは道理じゃろ」
抽象的な答えに、一同は腑に落ちない様子だ。
「愛娘には特に選択の幅を持たせたくてのぅ。逆に…息子には厳しくいくが。…ワシのこの指令は、もうひとり――泳がせているあ奴にもその権利があることを秘密にしていたりとか、な」
「…ハァ??」
「え、誰それ!?」
フラッシュやヒート、ほとんどが同じような反応をする。
「……」
「…あいつ、か」
エアーはずいぶん前から厳しい顔で無言でいた。メタルだけが溜め息混じりに呟いたが、それを拾う者はいなかった。

「ワシ悪者じゃし、それくらい普通にするぞ?ワハハ!」
「あーだいたい何、サンタとかって!?そんなのホントはいないじゃん!」
そんな博士の振る舞いに、クラッシュが癇癪混じりで博士に食ってかかった。
「なら、赤いオニとでも言おうかな?なんつって」
「…洒落ている場合ではないです、博士」
やっと口を開いたエアーの言葉は、ただの突っ込みだった。
「じゃが、ワシやお前たちとは違う。…聖者であるのは間違いない」
腐っても“あいつ”の創った初号機なんじゃから――。
それは彼の胸に秘めたままだった。
「あ奴の永久凍土は、溶けるじゃろうか…」
リビングの大きな窓から、博士は空を見上げた。
今宵は上弦だ。…月も、もうすぐ沈む頃だった。



「ブルースさん!」
「!」
テラスの開く音、の声。
「やっぱり…!」
「……」
俺は目を疑っていた。まさか、本当に現れるとは思っていなかった。
あの博士が「運が良ければ」と前置きして告げた今夜の件。低い可能性でもゼロでないならば、俺の用意したものを引き当てたときに彼女はどうするだろうかと考えた。
「あ、待っ――」
「いいから、そこに!」
たぶん…は送り主を探すと思った。
そして送り主が俺だと思ったなら――俺がここの他者に会うのを避けているのは知っている。一人になるなら、自室に行くのが一番いいと考える。その窓から俺を探して、見つけられなかったらいつもの雑木林に行く……そんなつもりだったに違いない。だとしたら万が一でも、寒空に彼女を一人にするわけにはいかなかった。
相変わらず下に降りようと動きかけたを制す言葉も半ばにして、俺は黄色いマフラーをなびかせ全速力で走った。支柱から二階ののテラスに上るのも、手慣れたような気がする。

「こんばんわ!」
「…ああ」
嬉しそうに挨拶をする彼女を見たら、俺は返事の仕方を一寸忘れてしまった。
の明るい色のコートの襟元には、俺が…見繕った、グレーのマフラーがあった。手袋までして、本気で外に出る気だったのだろう。
「それ…」
「あっ、このマフラー、ブルースさんがくれたんですよね?ありがとうございます」
「どうして、わかった」
「だって…色といい、マフラーを選ぶところといい、他のみんなが違うならブルースさんしかいないです!」
わかりやすいですよ、と指摘を受けてしまった。

俺はとにかく、マフラーを返したかったのだ。同じものでもよかったが、初めて入った店にはそれがなかった。
「…黄色いのがなかった」
「この色も好きですよ。それに、黄色はブルースさんのほうが似合ってます」
この前来た時、研究室で今夜の件を聞いた後に、博士がモノの買い方を一人でつらつらと喋っていたので、それに倣って店の人間に聞いてみた。すると「彼女さんに差し上げるならお客様の好きな色にしたらいかがですか」と言われたので、ボディにある色を適当に言ったらそうなった。人間用の服と金は俺のメンテナンス中に博士が作業台に幾つも置いていたので、それを持って行って使った。
「これで、よかったか?」
「すごく気に入りました、本当に!ありがとう、嬉しいです…」
布地を頬で撫でるの仕草は、俺の心の奥をじんわりと温めた。

だが…もうひとつ、俺は言わなければならないことがあった。
「…すまない」
「え?」
「一年、遅れた」
「そんなこと…!」
気にしないでください!とは大きな声を出して、ハッと口を抑えた。
夜中に外で声を響かせるのは非常識と思ったのだろう。ここは街から離れているとはいえ、当然な行動だ。
「いいんです、ブルースさん!去年のは、わたしが勝手にしたことです。なのにこんな…気を遣ってもらって」
それは違う。俺が、にそうしたかったのだ。…それだけだ。


「窓、閉めたらいい」
「え」
「寒いだろう、
閉めておけばいいものを、彼女は俺が来てからずっと開けっ放しにしていた。
暖房のぬるい空気は外へ抜けてしまっている。
「あ、ありがとう…って、じゃあブルースさんもこっちに入って下さい」
が手招きするが、俺はもたれた手すりから離れるつもりはなかった。
「俺はいい」
「は?何言ってるんですか」
彼女の笑顔が一瞬固まった、気がした。
「用は済んだ」
「ええっ、いつ済んだんですか」
「顔を見られたから、もういい」
ずっとに言えなかったことも伝えられた。もう、充分だ。
そう思って後ろを向こうとしたら、に手をひかれてしまった。
「待って待って!わたし、済んでないです」
「…っ!」
手袋越しでも…俺の手は、人間には冷たいはずなのに。
にぎゅっと両手で握られた俺は、自分から振り払うことを躊躇った。
「わたしが、ブルースさんともっとお話ししたいんです。…だめですか?」
バイザーで隠れた俺の目を一心に見つめて言うのだ。たとえ暗がりで見えないとしても、瞳を逸らすなんて俺には不可能だった。


「寒いんだから、朝まで居ればいいんです」
「いや…」
これ以上ここに居ても、俺にはすることがない。
「ずっと居たらいいのになぁ。あ、紅茶でいいですよね」
「アイスティー、がいい」
「寒いって言ってるのに。氷はないですよ!」
「…そうか」
そもそも人間用の飲料は俺に必要ないのだが。気分の問題だ、と言いながら茶を淹れる彼女は話を続けた。
「今年は、もう来てくれないと思ってたんですよ」
「…それは博士が」
あんなことを言うから…。
「え?」
「何でもない。予定が、変わった」
半月も経たずにここに戻るなんて初めてだった。それも…彼女がいるからだ。

いつもよりも、はたくさん喋った。
他愛のない話だ。今夜のパーティで何があったとか、ここのヒューマノイドに宛てるプレゼント選びに苦労しただとか…。
退屈はしなかった。だが俺に話すの姿は、妙に懸命に映った。
「ああ!」
突然の声にカップを持つ俺の手が揺れた。今度は何だ。
「わたしっその…ブルースさんにプレゼント、用意してなくて」
「…いらない」
そんなことで叫ぶのか。
「もう…たくさん貰っている」
はわからない、という顔つきだったが、構わない。
この眼前の少女に出会った――それだけで、俺の世界はたちまち色を帯びた。何にも代えられない、特別なものだ。


うとうとと舟を漕ぎ始めても、はまだ俺に話そうとしていた。
「いい加減…眠るといい」
「やです…」
「どう見ても、限界だ」
自覚はあるのだろう、俺に言われてむっとしたのがわかった。
「じゃ、一緒に寝ましょうよ」
「それは――」
最も不可能なことだった。部屋に入ることも碌になかったのだ。おそらく、彼女は“そのこと”は知らないだろうが…。
彼女も勢いで言っただけで、我儘が過ぎた、とぽつりと零した。
「…無理言いました。ごめんなさい」
「すまない…」
悲しそうな顔をされて、胸の奥が苦しくなる。
…無性に、彼女に触れたくなった。


「でもわたしが眠ったら…ブルースさん、居なくなっちゃうんでしょ?」
「……」
心中を言い当てた、その絞り出すような声音に、俺の浮きかけた腰が沈んだ。
そうだ、と答えることはできなかった。
俺の無言はたいてい肯定だ、といつかが言っていた。
彼女は悲しい顔のまま、ふっと微笑んだ。…笑顔でこんなにつらい気持ちになるなんて、知らなかった。
「口笛、吹いてください」
そう言うと、彼女は俺に背を向けた。一歩、また一歩、俺から離れていく。
「せめて…夢に出てほしいから」
「……」
ベッドで布のこすれる音がする。窓越しに、遠い夜風を聞いた。
が眠りにつくまでは最高の旋律を響かせようと、俺はいつもの音色を奏でた。

去り際に俺がその唇に触れたことを、彼女は知らないだろう。

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長くなって申し訳ない。そして、遅れてここに来たその訳はブログに…さーせんした。
この話はキリンジの「千年紀末に降る雪は」のキーワードが幾つも入っています。ハッピーさ皆無のクリスマスソング。…大好きです。
ところで、この流れでDWNオチだったとすると、ブルースがすげー不憫ですね。
ブルースさんは不幸体質というか、幸せをうまく掬(すく)えないひとって感じがします。ストイックで不器用で、損な役回り…みたいな。
ここでもハッピーエンドとは言い難い結果になってしまいました。なんかね、切ないですよね。でもそれがブルース。
あと、この話はブルースに世話を焼きまくる博士がもうひとつの見所です(笑。

◆全員分を読んじゃった貴女に――
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