「わぁ、お花のモチーフの髪留め!かわい〜!」
が俺の見繕った髪留めを手にして、心底嬉しそうに笑顔を見せている。
…まさか彼女が俺のを選ぶなんて。確率は平等であるとはいえ、予想し難い結果だった。
「これは、誰が…?」
「…俺からだ」
「えっエアー兄さん!?」
「えええエアーなの!?」
の素っ頓狂な声に続いて、弟たちも似たような声音で台詞を吐く。
…としても予想外だったのか。それは、俺のを最初に開けると思っていなかったということか、それともこの中身が俺からのものとは思わなかったということか。
「…何だ」
どちらなのか判断がつかなかったので、俺は彼女に端的に聞き返した。
「いや…」
「…好みではないのか?」
「そ、そんなことないよ!」
すごい気に入ったよ!明日にもつけるからね!と一所懸命に言ってくれるのはありがたいが…。なんだか引っかかるのは、俺の考えすぎだろうか。
「は、博士っ、他のも開けていい?」
「勿論構わん。全部お前のものじゃ」
「やった!」
博士に他のプレゼントの開封を急かして、は再び嬉々としながら兄弟たちと中身についてあれこれ語らっていた。
この感じから見るに、俺のプレゼントは不評だったのかもしれない。…失敗したか。今後を考えるといささか不安になる。
「。あとの片付けは皆でしておくから、エアーの部屋に行ってやりなさい」
「え、いいの?」
兄弟たちとの会話もひと段落したところで、博士がに声をかけた。
「ああ。そのまま泊まればよいじゃろう。準備して行きなさい」
「うん。ありがとうね、博士。みんなもプレゼントありがとう!」
は散らかしっぱなしのリビングを気にしていたが、やがてもろもろのプレゼントを持って部屋を出た。楽しそうにしていたのは何よりだった。
「おい…エアーよ」
彼女をぼんやりと見守ったままだった俺に、博士が若干苛立ったような口調で言った。
「何ですか」
「なにボサっとしとるんじゃ。お前も早く行きなさい」
「は」
「阿呆か。が来るまでにベッドメイキングでもしておれ!」
重たい!と愚痴を吐きながら博士は俺を部屋から追い出し…いや、押し出した。
「エアー兄さんは相変わらずだなぁ…」
去り際に、すぐ下の弟がなにごとか言っていたようだったが、よく聞き取れなかった。
「エアー兄さーん」
「は、入りなさい」
を部屋に入れると、すぐに周りを見渡してこう言った。
「うーん。いつ来ても兄さんの部屋ってキレイだよね」
「そっ…そうか」
褒めてくれているんだろうが、俺は待つ間に律義にベッドメイキングをしてしまった己の行為を言い当てられたようでドキッとした。俺はただの快適な睡眠の為に行った…はずなのに。まったく、自分に溜め息が出る。
テーブルに中国茶を出し、落ち着くよう促す。の、ふうふうと冷ましながらすする姿が見たくて、俺はつい温かいものを用意してしまう。
話題は先のパーティのデザートについて移っていった。
「さっきのケーキ、すっごく美味しかったよ」
「それはよかった。」
やっぱりケーキは白いのがいいよね!とヒートと喋っていたのを聞いて、ブッシュド・ノエルの予定を急遽8号のホールに変更したのだ。前日に型を購入したためにバタバタしたが、尽力の甲斐があった。
今度お菓子作りを教えてほしい、とまで言われてしまった。これは、幾つかレパートリーを増やしておいたほうがいいかもしれない。
「そうだ。兄さん、わたしからのプレゼントは開けた?」
最初に部屋を見渡して何かと思ったが、それを探していたのか。
「いや――」
「えっじゃあ見てみてよ!」
ほらほら、とはテーブル脇に置いておいた包みを持ってくるよう勧める。
「やっぱり貰った人の前で開けてほしいよねぇ」
促されるままに彼女の隣で包装を解き、小ぶりの箱の中を確認する。
「ん?コースターと…ランチョンマットか」
「正解!」
出てきたのは、シンプルだが細かい模様の入ったコースターとランチョンマットのセットだった。同じ織物で出来ており、どんな料理にでも使えそうな代物だ。
「…使いやすそうだな」
「でしょ。お店で見て一目ぼれしちゃったんだ。好きな時に使ってね」
「ああ、ありがとう」
の笑顔に、俺も微笑む。…その笑顔が、最も嬉しい。
「わたしのほうこそ、ありがと」
「…?何だ改まって」
先ほど渡したプレゼントをスカートのポケットに入れていたらしく、紙の包みを開いて出した。
「さっき貰った髪留め。本当にかわいくって、似合うか心配なくらいだよ」
照れ混じりなのか、がはにかむ。
…何を謙遜することか。
「に…似合うに決まっている!!」
「へっ…」
の可愛さを訴えたいが故、つい大きな声を出してしまった。あぁ、驚いているではないか…。
「いや…その。気に入ったら、つけなさい」
「だから、気に入ってるよ。さっきだって、明日にでも付けるよって言っ――」
そこまで言いかけてから、彼女はいいことを思いついたという顔をして、こう続けた。
「ね。兄さんにつけてほしいなぁ」
俺を見上げる目に、言葉に詰まる。
「…、自分で出来るだろう、」
「えー。せっかくだからエアー兄さんがつけてよ」
「と、得意ではない」
ねだるのをやめないから俺は目を逸らして、ぽつりと言い訳を零した。
動作としては勿論造作もないのだが…近づくのは宜しくない、と思う。俺の精神的に。いささか過剰反応気味かもしれないが、予防線は張っておくに越したことはない。
「うそだー、最初に来た時に兄さん髪梳いて結ってくれたじゃん」
それは本当に来てすぐの頃の話だ。しかも一回きりだったのに…不要な記憶ほど覚えているものか。なんと不条理な…。まったくもって不都合だ。
「エアー兄さんのケチー。クリスマスなのに、特別な感じにならないのかなぁ」
それは…。
しかし、俺は彼女をあれこれすることにまだ抵抗がある。俺はをただ傍らで見守りたいのだ。それを許してくれない博士の無慈悲さが、創造主とはいえ…憎らしい。
今回の件にしても、俺はこの褒美を貰えることが当たりなのか外れなのか、正直なところ判断し難い。ただ、がほかの兄弟の毒牙にかからないというだけ、マシかもしれない。
「つけてくれるまで寝ないって言ってもだめ?」
心底残念そうな顔をされると、それはそれで困る。彼女の仕草にこっちが傷つくのだ。…それはつまるところ、俺の所為なのだが。
「我儘なことを…」
標準就寝時刻を考えると、そろそろ切り上げなければならない時間だった。
「…付けたら、寝るな?」
「うん。ぐっすりと」
どちらが優先事項かという天秤は、結局彼女の意に沿うほうへ傾いた。
「それ…貸しなさい」
「おぉ、やった!」
先ほどまでから一変したの表情に、若干謀られたような気もしたが…思ったところで後の祭りだ。
俺はが鏡で確認できるよう、髪留めを上のほうに結いとめた。手鏡を持ってきて彼女に見せると、心底嬉しそうな声を上げてくれた。
「うん、やっぱりかわいいね、これ!」
髪留めでなく、全体が可愛いのだ。…と口には出せなかった。
「本当はすっごく器用なのに、ウソつくんだもんなぁ」
「や…すまない」
「ウソはだめだよ。他人にも自分にも。」
約束通りには素直にベッドに入ってくれた。…しかしなかなか寝てくれないのはどうしてか。横で話すのをやめてくれない。
「わたしは、兄さんにウソつかないよ」
「なら、そろそろ寝るべきだろう」
「すぐ寝るとは言ってないからね」
「なっ…」
それは詭弁ではないか!?
「えーと、博士から伝言なんだけど」
ベッドに入って寝る前に言えって言われたんだよね、とは俺のほうを向いて続けた。
「“据え膳食わぬはDWN次兄に非ず。褒美なら、享受すべし”だって」
「……」
背中にジワリと不必要な冷却液が出た。
最初は「好きに扱え」と言ったくせに、これはもう命令だろう…。伝いにさせるところもまた嫌らしい。ひどい創造主のもとに生まれてしまったものだ。
「…意味、わかっているか」
「好きならちゃんと伝えたほうがいいってことでしょ?わたしは兄さんのこと好きだから、伝え合うのには賛成かな」
ぼんやりと当たっている。この子が件の内容を明瞭に理解する日は…おそらく来ない。
手を額にあててしばし考える。深紅のクリスタルがひんやりと冷たかった。…俺は腹を括るしかないのか。
「…いいんだな?本当に」
「うん。いいよ」
確認したところで、はわかるまい。俺が、自分の罪悪感を減らしたいだけだ。
褒美なら、享受すべし…か。…従う他あるまい、我がマスターよ。
「クリスマスだから特別だ。今日だけは、手加減しない」
「ん?今まで手加減してたの?」
「当然。」
「え」
がぽかんと口を開けた。いつもの俺しか知らないのだから、仕方がない。
「悪くするつもりはない、が――翌日の活動に支障が出る可能性は高い」
「うそ…」
「もう嘘はつかないぞ、。…おまえにも、俺自身にもな」
優しく肩を抱き寄せて髪を撫でた。今宵だけは許してほしい、という気持ちを込めて。
「愛している。おまえだけだ」
耳元でそう囁いて、耳朶を甘噛みした。舐める度に震える彼女に足を絡めてやる。漏れる声をもっと聞きたいから、口付けはもう少し後までとっておく。…俺はまだまだを愛し足りなかった。
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