07. #3



なんだかんだと悶着することもなく、俺らは一緒にベッドに上がっていた。
ここまで自分で言うのもなんだが、驚くほどにスムーズだった。
俺はメットを外し装甲を脱いで、簡単な人間用の服を着た。といっても半パンだけだ。
からかい半分の冗談で「面倒だしこれだけ履けばイイだろ?」と訊ねたら、二つ返事だったのでこっちが動揺した。
しかもその中身が「寒くないならいいんじゃない?」だ。目に余る回答に、どういう教育受けてんだお前と言いかけたが、“そういう”教育だったのは十分に知っていたから堪えた。
結局、いいと言われたのでそのままにした。ここでわざわざ上を着るのも妙だろう。

それよりもは俺のメットや装甲なしの姿に興味津々だった。初めて見るわけだし、そんなモンかもしれない。だが。
「きれいな髪色だね。少なくて短いけど。」
…薄明かりの中で向かい合って最初に言ったのがこれだ。
いったん持ち上げてから、気にしていることをグッサリ突き刺しやがった。悪意なくやっているのがまた、タチが悪い。
「るっせえな!博士が変えねぇ所為だよ」
さすがにキレるぞ、いくらお前でも…!
「何で怒るの。フラッシュは気に入らないの?」
「…メット取っても光ってるとか、ふざけ過ぎだろ。最悪だ」
「透き通って、きれいなのに」
彼女は本心で言っていると分かっていても、俺はこの点に関しては大いに不満がある。
そんな事を気にしないは、いっそう近づいて俺の髪を触り始めた。
「おい!触んなっ」
「大丈夫だよ、抜けないよ」
「っせ、お前止めンぞコラ」
装備が半端なので出来ないが、…言葉のあやだ。

「フラッシュって、変なところ気にしぃだよね」
…そういうの含めて、フラッシュなんだけどさ。
言葉を続けながら、尚もの手は俺の髪にあった。無理して手を払ったら、人口頭皮に影響しそうなので迂闊に出来ない。
「持って生まれたものだとしても、これからどうとでもなるよ。フラッシュ次第で」
「……どうだかなァ」
急に心持ちを変えるなんて、不可能だ。
ただ、それが人間でなくヒューマノイドで、…プログラムデータをインストールするならば、一瞬だろうが。

「もっと自信持ちなよ、言うほどハゲじゃないんだから」
色が問題なんじゃないの?とか、博士が直してくれないなら自分で髪染めちゃえば?とか、ありがたいアドバイスをもらうが、右から左へ抜けていった。
ていうかハゲとか言うな。
「ハゲ言うな。俺はハゲじゃねえ!」
「うん、そうだね。でも、気にしている証拠だね」
落ち付きやがって…クソ、振り回されている…!

そう思ったら、やり返したい気分がもたげてきた。
…だが、これから行わんとしていることは、今までのものと異なる。
「…そうかもな。いいアドバイス、どうも」
「どういたしまして。これでよく眠れるんじゃない?」
――ヒューマノイドの魂はどこにある?本心とは、何を指す?
…ああクソが。悪いか。…俺は外道か?
もう、充分だろう?……そもそも俺は、外道仕様なんだよ。

が小さく欠伸をしたのがわかった。
……眠いところ悪いが、俺はお前にまだ用がある。
「その前に、お礼も兼ねて一つ知ってもらいたいことがあるんだが」
「なに?」
意地の悪い笑みをして、に近づく。ここからは俺のペースだ。
……そうだ、開き直ってやる。
「…大人の愛し方、ってやつだ」
それだけ言って、キスを食らわせた。
――俺にとっちゃ、プログラムが本能だ。


軽く唇に触れるだけと見せかけて、俺はすぐに離さなかった。抱き寄せて、何度も角度を変えてついばんで、無理やりこじ開けたあとはゆっくりと舐った。
その食んだ唇も、舌も、2年近く求めていたものだ。俺は…想像していたより遥かに、感覚をやられていた。
「…最初っからディープキスってのも、なかなかだろ」
焦がれに焦がれた女との交感。満足するばかりか、余計に昂った。
少しトロリとした目で息を乱すは、頬を見事なほどに染めていた。明るいままで仕掛けて、しめたモンだ。
「フラッシュ…近い」
おー…初心(うぶ)なご反応を。
「そりゃ、相手を意識している証拠だな。この場合の相手ってのは、俺だが」
「う…自分で言う?そういうの」
「あァ言うね。意識していただいて、恐悦至極だ」
いい気分、ではある。幾分かの充足感に包まれても、奥では欲が増した。…足りない。

「なんか、むかつく…。フラッシュのそういうとこ、イヤなんだけど」
「俺は楽しいから、なおす気は更々ねぇな」
くつくつと笑ってから、唇が耳に触れるくらいに接近し、囁く。
「それに、お前はこんなことで俺を嫌いにならない。…だろ?」
「…恥っずかし」
やさしく抱きしめたまま、あいている額にキスをひとつ。くすぐったそうには身をよじって、俺を見上げた。
仕返しのつもりか、その手のひらが半裸の俺の胸を軽く叩いた。ぺち、と申し訳程度の音。
些細なことのはずが――引き金だった。


衝動的に体が前へ、にぶつかって、は息を呑んで、いや、その息は俺が奪った。
「んっ……ん――」
「…、…ッ」
鼻から抜ける、スタッカートの効いた響きがセンサを刺激してやまない。ベッドと俺に挟まれたは、スプリングで僅かに上下し、苦しげに悶えていた。
……一周目の“命令違反”まで、やってしまえばいい。
手探りで前開きのボタンに手を掛け、俺は、――すんでのところで思いとどまった。
「……」
見てしまった。
眼下に組み敷かれた、ひどく無慈悲な、愛すべき愚か者。その半端に見える肌のところどころは、赤く――
……これが、俺の敬愛するクソ親父の望みどおりか?
明かりを受けた俺の影が、彼女に重なって揺れた。
「…泣くなよ、
こんな愛し方を……俺は望んでいたのか?

「俺は生まれた時から、お前を好いてんだ」
免罪符にもならないことを、口に出さずにはいられなかった。
彼女の目じりに、親指の腹を這わせる。頬まで伝ったその水は、罪悪感となって指先へ絡みつく。
「本当に、そうなら…意地悪しないで」
こんな回答になるのも、俺の自業自得だ。湧きあがる好意と…情欲と、己への疑念の狭間に居続けた末の賜物。
「…こういうのは、馬鹿正直なだけじゃダメなんだよ。だからお前はガキ扱いされんだ」
また…俺はこんな、誤魔化しの厚塗りを重ね始める。
「意地悪されて喜ぶなんて…どこの、変態…」
「……じゃねェの?」
「なっ…!」
本心が見えない会話は、見せないんじゃなく……本人も分かりかねている、それだけだ。


俺も彼女もいつもの調子が戻ってきた。元通りがいいかといえば、決してそうではないが。
「寝ろ。暗くしてやる」
「フラッシュって、思ってたより自分勝手……」
明かりに伸ばしかけた手が、止まる。……自分でも、そう思う。
「これから、もっと見えるぜ?そういうトコが」
それは、俺に限らず…他の奴もだろうか。彼女にはひどく負担をさせる。
何もかもを打開できないまま、俺は長く働かせた照明をようやく休ませた。

「…フラッシュ、嫌いじゃないよ」
薄暗がりで、はポツリと呟いた。
承知している。最低ラインを超えていることくらい。
それに甘える、俺は……。
「…捻くれてンな」
「そういうふうに言いたかっただけ。…おやすみっ」
わざとらしく掛け物を頭まで被る彼女に、俺は背を向けて、ひとり語ちた。
「…嫌いじゃないなら、それでいいわ」
我ながらささやかなことを言うモンだと、心中苦々しく笑みを浮かべた。


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頭がいいから、知らなくていいことも知らされて、考え過ぎる。
…ちょっとした事に気づけば、考え方も変わるのに……器用で不器用な男。

拙宅の彼は酷い受難型です。悩まざるを得ない状況で、もやっもや。(私の)愛し方が捻くれてるのは承知してます。

(100828up)