ただ一緒に寝るだけ、ただ一緒に寝るだけだ!
装甲とメットを外して簡単な服を着ると、にきれいな髪色だと褒められた。人間の、特に女はそういうのを気に掛けるが、オレにはいまいちわからない感覚だ。なんにせよ、コイツがイイってんならそれでいい。
とりあえず…キ、キスとかそういうのは置いといて、隣り合って掛け物に足を潜らせた。たぶんそういうのはまだ早い。タイミングは大事だ。うん。
こんな状況で、オレのあと十センチ足らずのところにが居るというだけで、ソワソワしてしまう。
ちらりと横をうかがったら、はすでにオレを見つめていて、自然と目が合ってしまった。
「うゎ…」
「ん、なんだよ?」
「ま、待って、ちょっと待って、近づかないで」
顔を近づけようとしたら、あからさまに拒否された。
唐突にがオレをつき離そうとする。
「は?…な、なんでだよ」
伏し目がちに顔をそらされ、動揺を隠せない。
もしかしてここまで来て「やっぱ無理ごめん」とか、ないよな……いや、それ以上に「クイックのこと好きになれない」とか…言う気じゃ…!
「ごめん…」
ごめんって何だよ早く言えよ、いや待ったそれ以上は聞きたくない。
…あ?なにテンパってんだオレは!
の、ちらちらとオレを見る視線が泳ぐ。
背中にじっとりと冷却液がしみ出て、手にも滲んできた気がする。ほんの一瞬が何分もあるような錯覚をしそうだ。
「見たらダメだ…」
の小さな呟きを、センサの感度MAXにしてそばだてる。
「これでクイックに見られたら、わたし――」
「聞こえてるからもっとハッキリ言えよ」
しびれを切らしオレが肩を掴むと、観念したようにが口を開いた。
「その、クイックって前々からかっこいい顔立ちだと思ってたけど…」
逸らしていた視線もやっとオレのほうを向く。
「こんな近くで見たのは初めてだから、…見惚れちゃって、ドキドキして…ダメなの」
「!!」
絶句した。
赤らめた顔に上目づかいで「ダメなの」って…反則だ。
「何だよそれ!こっちこそおまえがかわい過ぎてヤバいんだよ、バカ!」
……。オレは今なにか、正直すぎることをぽろっとこぼしてしまった気がする。
「なにそれ?ハハ…なんか二人しておんなじようなこと言ってるよね」
照れて恥ずかしいのか、は笑ってごまかした。たぶんオレの顔も赤いと思うが。
見惚れるってことは…オレのことを嫌ってるわけじゃないよな?少なくとも、そうだよな?
さっきから頭の中がぐちゃぐちゃで、判断がうまくできない。
「クソ、おまえといると調子狂う……」
今日は何度こう思ったことか。…目の前のこいつのせいだ。
なんで二人してベッドの上で向かい合って赤くなって照れてんだ。違うだろ!
「だああもう!」
オレはこんな形じゃなくって、もっと…もっとその、スマートにクールにカッコよくやりたかったのに…!
「黙って抱かれろ!」
勢いのままを抱きしめた。
「オレだっておまえのこと好きなんだよ!もっと近づいたっていいだろうが!」
強く抱きしめても、の身体はとてもやわらかかった。人間だからこうなのか、女だからこうなのか。…どうでもよかった。コイツ以外でこんなことする気にはならない。
半ばヤケのように言ってしまった手前、落としどころがわからなくなったオレは、ふて腐れたように呟いた。
「…文句あるか、っ」
「ないけど、ちょっと苦しい…」
胸がつぶれているということは、肺だってつぶれているのだった。
「わ、わりぃ」
慌ててオレは腕を緩めた。コイツはオレみたいに頑丈じゃない。手加減してやらないと、傷つけてしまう。……“あのとき”のような真似は、二度としない。ずっと、守り通さなければならない誓いだ。
しかし、パジャマ越しとはいえ、のムネのフワフワ感はすごかった。直で触ったらきっと――やばいやばい。
「やっぱギュッてされるの、いいな」
が喋ると、オレの鎖骨あたりに吐息があたる。…まったくロボットだっていうのに人間のようなパーツだ。
やらかいのもそうだが、コイツからいい匂いがするのはどうしたらいい。オレの芯にグラグラ来ているんだが。
あぁ…いつまでもこうしていたい。
「っは、このままいるか?」
「うん。あったかくて安心する」
あったかい…?あっ、表面温度!
勝手に身体がカッカしていたおかげで、コントロールを忘れていたがそれなりに温まっていたようだ。…ラッキーだった。
「…なあ。」
「ん?」
オレを見上げたの額に、軽くキスをした。
「好きだってのは、本当なんだ。」
自分でも意外なほど、自然にキスできた。
驚いたような顔をしたのは一瞬で、はまた少し頬を赤くした。
「…嬉しいなぁ。わたしもクイックのこと、好きだよ」
それはオレの言う好きとは、きっと違う。…でもいい。それでいい。
「……。いつもさ、ごめんな」
今度は、唇にキス。出来るだけやさしく、そっと触れた。
「オレ…おまえを傷つけるつもりじゃねーのに」
今まで、こんなにコイツに対して素直に話せることなんてなかった。
イヤでイヤで仕方なかったこの機会だが、少しは博士に感謝してもいいかもしれない。
「わかったから…いいよ。ありがと」
の手がオレの髪を梳いた。ガキをあやすような声音だったが、それもなんだか心地よかった。
「ほら…明日も一番乗りするんでしょ?」
…すっかり忘れていた。そんなのは、どうでもよくなっていたのだ。
だが、余裕のあるところもに見せたかった。
「まーな。そろそろ寝てやるか、おまえの為にな」
「クイックの為でしょ、ひゃっ!」
抱きしめたままベッドに倒れ込んでやったら、思った通りの反応で楽しかった。
むくれていても、本気で嫌がっていないのがわかる。コイツのことがわかるのが、こんなに楽しいなんて初めて知った。
「このまま寝よ、な?」
今のオレは、最高にいい笑顔をしているはずだ。
「〜〜っ!」
薄暗くても不思議と赤くなったのはよくわかる。
オレが言いくるめるほうになるなんて、今日はどうかしていると思う。まあ、こんな日があってもバチは当たらないだろう。
「――、クイックー、朝だよー」
っせーな、いまとベロチューしてるっつーのに。
「クイック、早くしないとビリになっちゃうよ〜」
あーこの感触が…、ん?ビリ…だと?
「起きてよ、ご飯の時間だよ!」
「はっ!!」
オレは飛び起きた。
「あ、やっと起きた」
オレの顔を覗きこむ。…起きぬけのもいい。
じゃなくて!
「……い、いま何時!」
「さっきフラッシュにご飯だって呼ばれたよ。あ、ヨダレ出てる」
そりゃそーだ、オレはついさっきまでコイツとチューして…じゃねー!夢か!
…とりあえずカッコ悪いので拭っておく。いい夢だったが。早く実現したいが。
違う、それよりも…!
「つか…あああああ!!寝坊したあああ…」
「クイックうるさい…」
「ああ!オレの皆勤賞が…一番乗りがぁ…」
ショックだ。大ショックだ。
窓から太陽が自己主張している。いつもより一時間は遅かった。
上から見下してあざ笑うかのような陽に、オレはふつふつと怒りがわいてきた。
「あークソ、おまえが昨日遅くまであーだこーだ言ってるからだ!」
「ええ!?何その言いがかり!わたし起こしてあげてたのに!」
「るせー!今度来た時はとっとと寝るからな!おまえなんかにうだうだ構うのはヤメるぞ!」
「うっわ酷!」
イライラを誰かにぶつけずにはいられなかったオレはとにかく当たり散らした。
…そんなことを言われたヤツがとる行動は、一択だ。
「もーいい、わたし部屋に帰るから!」
「あ…ヤベ!いや、その」
いまさら後悔しても、後の祭りだ。はすでにドアの外に出ていた。
そして振り向いて、一言。
「クイックなんて、大嫌い!!」
バターン!
そんな擬音がぴったりな、ものすごい勢いでドアを閉められた。
「……」
やってしまった…。
そう思いつつも、オレはドアの前で呆然とするしかなかった。
「おいクイック、何をやったんだ?」
ノックと共にした声は、几帳面な次兄だった。
「な、何でもねーよ!」
なんだ、もう…最悪だ!
「はぁ…とにかく朝食だ。早く来い」
「わーってるよ!先行ってろ!」
今からすぐに仕事があるわけではないので、朝食を蹴ることはできない。
急いで装備を戻すが、と顔を合わせると思うと気が進まず、溜め息が出た。
仕方がない。前に戻ったと思えばなんてことは…ない。ないはずだ…。
そんなことを考えながら、オレはかつてないくらいに重い足どりでダイニングへ向かったのだった。