博士から妙な指令が出て4日目。オレが相手をする…らしい、日が来た。
正直、どうしたらいいかわからない。だが博士は他のヤツらに聞くなとか言うし、にも聞くなというし、どうしようもない。
今日は急に「仕事」が入ってしまい、朝からと会ってもいない。あれこれしているうちに、夜のことについては忘れてしまったが。
仕事はというと、予想と違うトラップを仕掛けられて柄にもなく手こずってしまった。結局、戻ってきたのは夜も更けた頃だった。
ボディの外見に損傷はないが、内部に違和感があった。電磁波か何かにやられたかもしれないと思い、オレは部屋を急いでいた。
「あっ!おかえりクイック!!」
「あ?」
到着するや、エントランスの自動ドアの先にはがいた。開いた音に反応してぱっと顔を上げ、うれしそうだ。メットールなんか抱えて座ってるが、何してんだ?
「なんだよ、こんなトコにいて」
オレは早く損傷度のチェックをしたいのだが、応える。
「博士が“あやつならちゃーんと今日中に戻ってくるわい”って言ってたけど、本当だね」
へらっ、と笑ってそんなことを言った。こいつ…、オレのミスりを笑いにでも来たのか?
「たりめーだろ!ナメんなバカ!」
反射的に言い返したオレの声に、の表情は一瞬にして変わった。
「はは、ごめん…」
「あ、いや、」
ヤベ、つい強く――と思っても後の祭りだ。小さく謝られたのを即行で否定しようとしたが、が立ち上がるほうが早かった。
「…っ、じゃね!」
「あ、おまえ――」
返す間もなく、走って行ってしまった。
「んだよ、あいつ…」
何が言いたかったんだよ。
それ以前に、なんでアイツはオレと喋るといつもこうなるんだ?
「クッソ…」
モヤモヤする。イライラする。アイツと喋るといつもこうだ…。
右手で額をおさえて再び歩き出せば、大きな影。今度はなんだ。
「おかえり、クイック兄さん」
「…なんだよウッド」
その影をなして出てきたのはウッドだった。
まだ帰ってきて入口だってのに、どうしてこうも次々でてくるのか。
「あのさ、任務遂行後に突然来て悪いんだけど」
「早く言えよ。オレは早く部屋に行きたい」
こいつは前置きが長い。言いたいことがあるなら早く話せ。
だがウッドはすぐには話さずに一呼吸して、一言を噛みしめるようにオレに言った。
「…少しは“”の気持ちも考えてあげて」
「あ?」
「たぶん、緊張してるんだ…」
そう言われても、意味がわからない。
「は?なんで」
「クイック兄さんは、と二人きりになったこと、ある?」
オレが聞いたのに逆質され、言われるままに思い返した。
…静かな言葉だったのに眼だけはマジで、オレが気押された格好だ。
「…ねーな。ほぼ」
そうだと思ったよ、とウッドは続けた。
「お昼に、博士とが話していたのが聞こえちゃったんだ。兄さんと二人だけだとうまく話せないと思う、って」
「ッ!」
「博士は“大丈夫じゃ”って言ってたけど…。兄さんの部屋に行くのを渋ってるを、強引に納得させた感じだった」
ここでオレはやっと思い出した。夜に面倒な問題が待っていたことを。
しかし…そんなふうに思われてたのか。オレもそんな気がしていたのは、当たってたということだ。
「兄さんがのことを大切に思ってるのは知ってるよ。だけど、もっとわかりやすく接してあげたほうがいいんじゃないかな」
「……」
何も言えないオレに、「引きとめちゃってごめんね」と短く挨拶してウッドは行ってしまった。
クソ、弟のクセに…。
「それができてりゃ、こうはなんねーんだよ…」
ようやく絞るように言葉を吐いたところで、もう誰もいなかった。
博士がラボにこもっているせいで、自分でメンテをするハメになった。
こういうみみっちい仕事はオレの性に合わないのでフラッシュにでもやらせたかったのだが、こういう時に限って出払っていた。役立たずだ。
仕方がないので自室で四苦八苦していると、ドアのほうから声が聞こえてきた。
「――、クイックー?…あれ、いないのかな?」
あいつの声だ。ドアを叩く音がうるさい。
「いるよッ!手ぇ離せないから少し待ってろ!」
すぐに出てやりたいが、オレも精密機械なので診ていて手元が狂ったらシャレにならない。しかしあの様子からすると、かなり前からオレを呼んでいたのかもしれなかった。
集中するとほかに気が回らなくなるのはいつものことだ。アイツはそれを知ってるし、まあ大したことじゃないだろう。
診たところ、重大な欠損やエラーは見当たらなかった。自分で言うのも何だが、あとは明日博士に細部の点検を受けたほうが確実だ。
「よ、待たせた。入れよ」
あれから数分といったところだろうか。開いていた腹と腕と頭部を閉じて、を招き入れた。
「うん。おじゃまします」
「メンテしてて遅くなった、悪ィ」
とりあえず謝る。待つのがつらいのは、オレが一番知っている。
「そうかなって思ってたから大丈夫だよ。お仕事、お疲れ様だね」
「あれくらい、大したモンでもなかったぜ」
本当はしくってたが。どうもオレは、ついこういう言い方をしてしまう。
「あ…」
そこで、思い出した。
「さっきの…悪かった」
「ん?さっきの、って?」
「ほら、その。オレが帰ってきたときに、エントランスで」
「ああ…私もいきなり話しかけちゃったし、お互い様じゃないかな」
べつに気にしてないよ、とは言うが、あのショックを受けた顔が離れないでいる。オレが見たいのはそういうのじゃないのに。
「…そうか?」
相手の気持ちを読むのは苦手だ。0と1しかないデータの世界みたいに、ハッキリわかりやすくなればいいと…コイツに会ってからはずっと思っている。