「――ということで、俺たちは人型+装甲の完全ヒューマノイドタイプだ。俺だけは装甲の関係上、完全形態は他と異なる」
結局、俺たちの構造について根掘り葉掘りと聞かれた。ある意味俺にとっても都合がよかったので、答えられる範疇で積極的にあたった。
しかし…、ベッドの上で向き合って講義することになるとは。誰にも予測できなかった事態に違いない。
「ふぁ…博士はすごいってことと、兄さんがカッコいいってことはよくわかったよ」
それを欠伸と一言でまとめられるのは心外だが、時間も時間なので理解力が低下するのは仕方がないだろう。
「おまえ…眠いならそう言えばよかったものを」
そして俺がカッコいいなどという話は一つもしていないが。
「だってせっかくだし、エアー兄さんの髪とか顔とか見ていたかったから…」
次いつ見せてもらえるかわからないし、とは言う。二年間も共にいたのに何も知らず、新鮮に感じるのもわかるのだが、眠気をこらえてまで見なくてもいいだろうに…。
「ところで、ずっと上半分がハダカだけど…寒くないの?」
「!」
話に夢中になってすっかり忘れていた。となると、目の前の女子はずっと俺の半裸をまじまじ見つめていたというのか…!
「なぜ言わなかったッ」
「その…いくつか聞いた後は、ずっと兄さんが話しまくってたし…」
「……」
尤もで、返す言葉もない。
「寒くないの?」
装甲を外した状態でも寒暖は数字で把握できるが、活動可能温度の幅は広いので通常なら全く問題はない。そもそも俺たちはロボットなので、“ただ稼働するだけ”ならば服がなくても困らないのだ。しかし人間が近くにいて、さらにそれが異性であるならば話は変わってくる。
「…寒くはないが、よくない!非常によくないのでちょっと待っていなさい!」
「なら別にこのままでもいいのに」
このような、妙齢である相手がこの事態を問題にしていないケースはイレギュラーだ。博士の教育方針が恨めしい。
「なっ、おまえは女子なんだからもう少し――」
慎みを――。
「わたし眠いし、いいよ。もう寝ようよ」
眠気で目が据わっていた。疲れて我慢が聞かなくなっている。
俺が言いきるのを前に、はさっさと電気を消して横になってしまった。
「エアー兄さん〜寝ようってば」
「わかったから。おまえは先に寝ればいいだろう」
暗がりから催促するをいなす。
とにかく何か羽織るものでも探さなければ…。そう思って、俺がベッドから立ち上がろうとしたときだった。
「そうだ。こうすればいいんだ」
不意にが、俺の背中にがばっと抱きついた。
「うおっ、ど…うした」
装甲を外した背に、布一枚越しのの感触は直接的すぎて、動作メモリにどっと負荷がかかったのがわかる。石鹸とココアと、の香りだ。
かあっと、身体の内から熱を帯びた。いつもなら中央にあるファンが外してあるために、人工皮膚から冷却水が吹き出していた。
「くっつくとさ、最初はドキドキするけど落ち着いてくるから」
「否、だから――」
「やっぱりあったかいんだね。うん、好きだなこの感覚」
意図を理解しがたい行動だ。ただ、この状態を無碍にするほどに、俺は冷酷でもモラリストでもなかった。だが…どう対応すべきか、決めかねた。
「せっかく一緒にいるんだからさ。兄さんと一緒にいたい、って言ったでしょ?」
「……」
彼女の些細な望みを叶えてやりたい気持ちは十二分にある。俺だって、そうしたい。
「くっついていると、安心するんだ。」
「…そうか。」
信頼された「頼れる兄」像に亀裂が入ることを、俺は最も恐れている。軟弱ながら、少しでも刺激を受ければ邪心に傾きかねないと自覚しているから、過敏になる。
「だからこのまま、寝たいです。」
「……」
罪な人間(ひと)だ。こんなにも俺を葛藤させて、気付きもしない。
俺は、怖いのだ。いつか――このままいくと近い将来に、を衝動で壊しかねないということが。その瞬間に、構築された関係が崩れてしまうことが。
「いい、よね?」
今のままで満足していたはずなのに、あの日博士に言われてから俺はこんなにも悩んでいる。人間なら胃に穴が開くだろうが、俺の腹は最初から空洞だった。
「おまえが望んでいるのならば、それは俺も望んでいることだと…思うぞ」
その末に出たのは、どうしようもなく軟弱なセリフだった。
今宵、第一ラウンドは俺の敗北だった。
「よかった。嬉しい」
安堵の声とともに出た吐息が背中に触れて、芯が震えるようだ。情けない。
後ろ向きで、暗くて、本当によかった。顔を見られたらまた何を言われるかわからない。気を落ち着かせるため、俺は一つ息を吐いた。
「…好きにしなさい」
「うん。じゃあ、横になって。こっち向いて?」
「……」
好きにといってもたかが知れていると踏んだのだが、まるで恋仲の男女のような体勢に戸惑う。だが、言った手前で今さら覆せはしない。長兄とのロールプレイをトレースしているのか…それとも、人間の本能がそうさせるのだろうか。
「これで満足だろう?もう明日に響くから――」
「エアー兄さんてさ、損してるよ…」
「…まあ、わかっている」
「思ってる以上に…損してるよ…」
俺の胸部に頭をのせて呟くその声は、うわ言めいていた。
「いい加減寝なさい。俺も寝る。な?」
「…ん」
かくなるうえは、さっさとデフラグ行為を開始するしかない。まだ俺の理性は生きている。できるだけ早急に機能を外界から遮断すればこれ以上にひどくはなるまい。
「大好きだよ、兄さん…」
「……ああ…」
俺も大好きなんだ。
言葉に乗せることはできなかった。
だが落ちゆく意識の中で、俺はを一寸だけ強く抱きしめた、気がした。