彼ならこんなプロポーズ。 ver.W



天気のいい昼下がり。
今日みたいな陽気の日は、ウッドが空いた時間のあるときにわたしを呼んで、中庭でお茶を振舞ってくれる。
大きな樹が木陰を作る特等席は、彼の作ったベンチの右側だ。…もちろん隣には、その彼がいる。
周りでは、ウッドが敷地内から移してきた野花が咲いていた。
花屋では見かけないような小さな花も、十数種類はある。その控えめな彩りに、心が和む。
「どうかな」
「…ん、おいしい。」
ウッドの育てるハーブが入ったお茶は、季節によってブレンドの中身が変わる。今日はペパーミントがメインだった。
口に含めばたちまち清涼感に包まれて、夏が近づいて来たこのところの暑さを暫く忘れさせてくれる。
わたしは、これ以上にないくらいに穏やかな午後を満喫していた。

「…こんな時間が、ずっと続くといいな」
のどか過ぎるこのシチュエーションに、わたしはついそんなことを口に出してしまった。
「……」
「…なんて、あはは」
何がどうなるか分からない状況なのは、もう知っているというのに…。軽率だった。
ところが、ごまかし笑いをしたわたしに――ウッドは意外にも困った顔をしなかった。
「僕は…この先何年、何十年と経っても…とこうやって過ごせたら、嬉しい。」
「っ!」
……それは、願ってもないこと。
ただ…一緒に住んでいるとはいえ、半端な状態でいるのは、わたしと彼では“違う部分”が多いからだ。
――例えば、状況がこのまま停滞していたとして。何十年も一緒に居られたとしても。

「ウッドは、ウッドのままだと思うけど…。わたしは何十年も経ったら、しわしわのおばあちゃんになっちゃうよ?」
はきっと、かわいらしいおばあちゃんになるよ。」
想像しているのか、ウッドはクスッと小さく笑ってから、ハーブティを空にした。
見た目はどんどん変わってしまうし、いつかは歩くのもよぼよぼになるかもしれないのに…。
「…どうなるか、分かんないよ」
「だから、それまでの傍にいさせてほしいんだ。このアイセンサで、確かめたい。」
トレイにカップを置いて、わたしの両手を取る。
彼の表情は、真剣だった。

「僕は、と一生を添い遂げたいって思ってる。これは前から――それこそ初めて会ったときから、思ってる」
「…ウッド」
…これは、何だか、いつもと違う。
いつも優しくて、嬉しくなるようなことも言ってくれる彼だけど、今日はやけに話が大きかった。
未来、将来、一生。そんな話題ばかりな……、もしや。
「たくさんいる“家族”の中で、僕がの一番近くにいられたら…この上ない幸せだ」
「それ…って――」
“そういうこと”って考えても、いいの、かな。
「うん。」
ウッドが、ベンチの後ろに手をまわした。
陽が雲間から射し込んで、彼の背を照らしていた。

、結婚しよう。…僕と、幸せな家庭を作ろう。」
その手から差し出されたのは、小さな花束だった。
「こんなふうに、花や草木の移ろいに季節を感じたり。毎日、ご飯の出来に一喜一憂したり。僕は…そんな生活を、としたい。」
「……」
リボンを結って括っただけのささやかな花たちは、どれも見た事がある。
みな…この周りにある野花だ。
「僕は――僕たちは、普通の環境にはいないかもしれない。…だけど」
たぶん彼は…長い間、この機会を待っていたのだろう。
「困難な事が起きたって、と一緒ならきっと乗り越えていける」
でなければ、こんなに地に足のついたプロポーズを出来るなんて思えない。

花束に見えるは、カモミールにフランネル草。まわりで揺れる、白い花弁を垂れ下げるようにして咲く小さな花は、とても可愛らしい。
真ん中に近いところの、青紫の小さな花を幾つも付けているのは、確か彼がセルフヒールと言っていた。
「……」
わたしは、その右隣の薄桃色の丸い花を一輪抜いて、ウッドに差し出した。
どうも、緊張しているのはお互い様だったようだ。見上げたら、彼は心底ホッとしたように息を吐いていた。
わたしの視線に気付いた彼が、照れて顔がほころぶのが分かった。…わたしも何だか恥ずかしくなって、はにかむしかなかった。
「ありがとう」
それぞれに持った花を交換し合って、わたしはウッドからの感謝の言葉を心に刻んだ。
「いつまでも、いい夫婦でいよう。」
……何も言わずとも、わたしとウッドは通じ合う。
触れあった指先の温かさが、何よりの証拠だと思う。

「今度ここで、みんなにお披露目したいね」
景色に目を遣ると、野花が風にそよいでいた。
「わ、それ大賛成」
「博士がいいって言ってくれたら、外に出ているナンバーズにも来てもらおうか」
「ガーデンパーティーかぁ。…いいなぁ」
身内だけの披露宴なら、ここで充分だ。何より、プロポーズされた場所で出来るなんて…。
「あ、そうしたら指輪は……僕が作っても、いいかな」
「手作りしてくれるの?」
「…デザイン、一緒に考えてくれる?」
「もちろん!」
手先の器用なウッドなら、指輪もきっと素敵に仕立ててくれることだろう。

わたしの右手には小さな花束、ウッドの左手には一輪の花。
わたしの左手とウッドの右手はひと繋がり。
このまま、もう暫くは――これからのことを二人で思い描いていたい。







(…その一輪の花のように、ずっとあなたの傍に居させて。)

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おだやかに、しあわせに。

野花を渡すのは、昔のヨーロッパのプロポーズ方法。YESのかわりに、一輪を返すのです。