彼ならこんなプロポーズ。 ver.Q



楽しい時間は早く過ぎてしまう。彼と二人でいる時は、いつだってそうだ。
わたしは急ぎではないものの、仕事を残していた。
クイックも、早朝から外に出る予定だ。今のうちからデフラグ作業に入ったほうが、事はスムーズに運ぶ。
予定が狂わなければ明日も会えるので、そろそろ彼の部屋からお暇することにした。
「それじゃあクイック、また明日ね」
わたしが自室に戻ろうとすると、慌てたように彼も立ち上がる。
「あっ…。ちょっと、待て」
「ん?」
腕を引かれて振り向くと、さっきまでと一変した彼の表情があった。
「今日…オレは、おまえに言わなきゃいけねーことがあって」
「うん、どうしたの」
「ホントはもっと前から言おうと…」

「なぁに?すぐ言わないなんて、クイックらしくない」
緊張しているのか、歯切れの悪いその喋り方は、普段の彼とは程遠い。
何を伝えたいのか分からないけれど、クイックでも言いにくい事となると…あまりいい話ではないのかもしれない。
「…あ、もしかして悪い知らせ」
「違う!」
それは即答だった。
間近で大声を出されて、わたしは「ひゃっ」なんて意味不明の声を上げてしまった。
「や、わり、…違うんだ」
謝るクイックの目は右に左にと、忙しない。顔も俯いたり上がったりだ。
こんな整った顔つきの若い男が挙動不審な仕草をしていると、珍妙で滑稽だ。…でも彼のために言わないでおく。

「そろそろケリつけねーと、って…」
「けり…?」
わたしはまだ、彼の言いたい中身が掴めない。
考えていると、クイックは両手で自分の頬をバシバシとたたき始めたので、またビクッとなる。
急に何かをするのはやめてほしい、と伝えても治らないので、これは彼の性質だと思うことにしたけれど。
「…っしゃ。言うぞ、聞けっ」
気合いを入れる儀式だったようだ。頬っぺたに外的刺激を与えることで回路が活性化するのかは不明だけど、彼は本当に…人より人みたいな仕草をする。
…なんて思っていたら、つい先ほどは頬をたたく仕事をしていた彼の手は、わたしの両肩にあった。
クイックが少し屈んで向かい合うと、彼の顔が真ん前になる。まともに視界に入れると、この距離では彼しか映らない。

端整すぎて、いつになっても落ち付かない。心臓が暴れ出すのを止められない。
美人は3日で飽きるなんて言うけれど、彼に関しては嘘っぱちだ。まぁクイックは男性型だから、美人じゃなくてイケメンのほうが正解かもしれない。
緊張すると、思考のキャパシティが一気に減るのに、的を外れた事なら普通に考えられるのはどうしてなんだろう。…こんなふうに。一種の逃避なのか。
目の前でクイックが真面目な顔をしてわたしを一心に見つめているって、これはある種の拷問だ。それだけでライフが削られている気分になる。

!オレと、結婚してくれ!」
わあ。ついに彼がわたしの魂を抜きにかかった。結婚ですか。
……結婚?!
「!!」
いやちょっと待って、結婚って、確かに制度確立したのは知ってるけど、わたしとクイックとは今までもこれからもずっといい関係だろうなって思ってたけど、……結婚!
そうか。いつかはそうなるのか。それが今日だったのか。納得。

……なんて簡単にはいかないのが、人間の思考回路だ。
今、わたしは目が白黒していることだろう。
でもそんなことを気に留めないのがクイックだ。わたしの返事を待たずに、再び口を開いた。
「早くしねーと、オレ以外にフラフラしそうだから…ずっと言うつもりでいたんだよ」
「ふらふら?しないって!そんなこと言ったら、クイックのほうが街に行くたびに声掛けられてるじゃない」
そう、心配なのはこちらのほうだ。少しでも彼が単独でいると、女子が引っ切り無しに寄って来る。
ヒューマノイドと分かっても離れてくれないのだから、彼の見た目スキルは相当だ。
「バッカ、なんも嬉しくねーよあんなの。…いつも、言うだろ」
クイックは、彼女たちの気持ちを全く汲まない。だからわたしがヒヤヒヤする羽目に――というのにも、気付かない。同じことの繰り返し。

「オレは、おまえじゃねーとダメだ。」
そして最後は、いつでもこの台詞。
強いんだか弱いんだか分からないそれを、クイックは打算なしに、真っすぐわたしの目を見つめて言う。
「……」
だけどわたしは、聞くたびに彼の芯の強さを感じる。
自分を受け入れてくれていると思うと、相手を想う気持ちが膨らんでいく。
その言葉で、わたしは彼と信じあえている。

「なあ…何か言えよ、。……返事、急がねーから」
無言でいたので、クイックが神妙な顔つきで視線を下げていた。
「あぁ、ごめん」
「え…」
「あ、そうじゃなくって。いきなりだったのと、その…」
どう表わしたらいいか迷うほど、嬉しかった。ただ、すぐに返せなかっただけだ。
「ありがとう、クイック」
これで、どれだけ伝わるだろう。うまく笑えているだろうか。
返事に迷う事はない。ここでもいいけれど、明日彼が帰ってきたら、めかし込んで言うのも悪くない気がする。

「……明日、言うから。」
彼の端整な顔に焦燥の色が出ていた。ごめんね、と心の中で謝る。
だけどお互い、お仕事が片付いたらにしたほうがいいと思う。
セリフはもう決まってるから、大丈夫。クイックを落胆させることはないって、確信している。





(……クイックとなら、喜んで!)

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まっすぐにいこう。イケメンはきっと正統派。