彼ならこんなプロポーズ。 ver.M



「メタル!おかえりなさい」
「ああ。戻った」
数日ぶりにメタルが仕事から帰ってきた。
歓迎しても、彼は表情を露わにしない。たまには笑顔でも疲れた顔でもしてほしい、と思ってしまうけれど……それは、身勝手な考えだろう。
何をしてきても、彼は行く前と同じ綺麗な装甲で、何事もなかったかのようにわたしの前に現れる。
博士のヒューマノイドがいくら高性能だといってもイレギュラーは付き物だし、“磨きたてのような”装甲にはずっと違和感を感じていたけれど、何も教えてくれなかった。
それが、どうやらわたしを心配させない為だと分かるまでには…随分かかった。先日、それとなく訊ねてみたけれど……わたしがまともに話を聞ける状況じゃなくなって、結局有耶無耶にされたので直接は聞けていない。

「疲れてない?まだ今日分のお仕事、残ってる?」
「博士からのタスクは完遂だ。あと本日中にすべきは、…お前が必要だな」
メタルに促され、部屋まで一緒について行く。今日は博士への報告も要らないらしい。
「わたしに手伝えること?」
その後でも時間が空くならば、彼が家を開けていたときの研究所の話でもしてのんびり過ごしたい。…そんな思案をしていたら、メタルは先にドアを開けて中へと入ってしまった。

呼ばれたので慌てて後を追い、彼の傍へ寄る。すると、メタルはテーブルの上を指で軽く叩きながら、こう言った。

「そこにサインするといい。」
無機質な人差し指の先に目を遣ると、それは――わたしの人生において重要になるであろう書類だった。
「え…これ、婚姻届…!」
思わず、口を押さえてしまった。
――急過ぎる。
だって…そんな、結婚的な雰囲気の話題なんて、今まで何一つなかった。
それなのに…全く前触れなく置かれていたら、軽いパニックにもなるというものだ。
「ほう、知っていたか」
「こ…これくらい知ってるってばっ」
わざとらしく、メタルは感心したかのような口調で顎に手をやる。勢いで言い返しても、顔色は涼しいままだった。

「なら、書くだろう?」
さらに、それが当然だと言わんばかりの態度。
「…それは」
「ペンならそこにある」
言いかけたわたしを遮って、勝手に彼は話を進める。
「や、…待って。ペン以前に――」
…いけない。このままでは彼のペースだ。
すぐに反論できなかったのが悪かった。これからは負けないようにと、わたしは心中で渇を入れた。

「ほら」
彼はペン立てから、わたしの気に入っている一本を抜いていた。
「あ、どうも――」
そんなものがこの部屋にあるのも、日頃ここにいる時間が長い所為だ。
「……ん?」
ふ、と彼から息が漏れる音がした。…そこで、気付いた。
動作が自然すぎて、わたしはつい手を出していたのだ。
メタルはやや屈んで、笑みを堪えている。クク…と、声が漏れ出ていた。
彼がこんなになるなんて、滅多にない――って違う、そんな事より!
なに受け取っちゃってるの、わたし!…ばかなの?!


目の前に、婚姻届。
利き手に、お気に入りのペン。
正面には、大好きな人。

婚姻届は、わたしがサインをすれば書きあがる。
お気に入りのペンのキャップは、既に外されている。
大好きな人は――ひとしきり可笑しさを吐き出して、わたしがどう出るか、ひたすら観察し始めていた。

「……っああ、もぉ!」
“サインしない”という選択肢は――わたしの脳内から打ち上げ花火となって霧散した。
……特徴的な効果音が、聞こえた気すら、した。


「――婚姻成立だな」
届け出は、受理されてしまった。
半ば衝動的にサインをして、ペンを置こうとしたわたしの手は彼に掴まれた。そして紙を持って、そのまま役所へ直行。あれよあれよという間に、事務処理も終了してしまった。
「…そうだけど。そうだけど……」
結婚しました。これで夫婦です。
そういう状況になったらしいけど、実感は湧かないし、何というか…腑に落ちない。
職員の人に「おめでとうございます」と言われても、右から左に抜けるようだった。出口に向かう足も、気分も…妙にフワフワしている。
「不服か」
「いや、えと…」
…結婚って、こういうものだったっけ?
分からなくなってきた。

いや…もう、何でもいい気もしてきた。
だって、きっと、わたしと彼は結婚しても変わらないと思う。そう、ちょっと紙にサインしてしまっただけだ。それだけだ。
「うん、大丈夫だ…うん。」
一人ウンウンと考えるわたしに対して、横の彼は、大イベントをこなしたはずなのに相変わらずのポーカーフェイス。ヒューマノイドだからそうだ、というより、彼の性格のせいだろう。

屋外に出ると、メタルはそのままの顔で、わたしを腰から抱き寄せた。
決して大きくない声で、名を呼ばれる。…至近距離は、いつになってもドギマギしてしまう。
「…はい」
あの…ここ、外なのですが…と言いたいはずなのに、出てきたのはただの返事。
役所でされても困るのは同じだったけど……あれ、じゃあ変わらないのか。ならいいのか?

「法的拘束も加わっては、逃れる術は無いな」
彼の硬い言葉を耳に押し込んでも、理解が追いつかない。
それを分かっていて、その上で…メタルは右手でわたしの顎をくっと上げ、より近くで畳み掛けるのだ。
「…永久に、俺のものだ」
「っ!」
……口を塞がれたら、答えられない。
“わたしの旦那さま”は…つくづく、酷いひとだと思う。







(それでも…“イエス”以外出てこない…)

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理不尽な流れでもなし崩し……惚れた弱みとはこのことだ。