彼ならこんなプロポーズ。 ver.H



「準備、できた?」
「とーっくに、できてるよ!」
晴れだ、デートだ、お出かけだ!
カレンダーに二重マルを付けて、わたしはこの日を待っていた。
窓から差し込む日は眩しいくらい。晴天で何よりだった。
「えへっ、ぎゅ〜」
「もぅ…」
ライター型のボックスに包まれた彼に抱きしめられる。
少し背伸びをするヒートと、少し屈むわたし。以前はボックスの上蓋に頭をぶつけて心配されていたけど、今はコツを掴んだ。…それでも時折油断から失敗して、笑われちゃうこともあるのだけど。
「それで、今日はどんな予定なの?」
手を繋いでエントランスへ向かいながら、ヒートに尋ねる。
次のデートはボクに任せて!と言われたので、何をするのか楽しみにしていた。
新しいスイーツのお店巡りだろうか、それとも――。

「えーとね。まず、指輪屋さんに行くでしょ」
「…ジュエリーショップ?」
初っ端から、普段には聞き慣れないお店が挙がった。
「そうそう。そこでー婚約指輪買って〜」
「んっ?!」
「そのあとーお役所行って〜、書類もらって〜」
「ちょ…」
突っ込みたい語句が幾つも飛び出してきたが、こちらが言葉を出すより早く、ヒートが今日のプランを披露し続ける。
「そうだ、途中でコーヒー屋さんに寄って、エキストラホットのキャラメルマキアート飲もうねっ。あっでも今日は暑いから、はフラペチーノがいーかなぁ?」
ヒートは人差し指を顎にあてながら、メニューを想像するように宙を見ていた。
その仕草と口調が、外見の子供っぽさを引き立たせる。…それでも、彼の“心”は存外に大人だということを、わたしはこの数年間でよーく理解した。

「…待って。ヒート」
「なーにぃ?」
立ち止まったわたしと手が離れそうになって、ヒートも歩くのをやめる。
…十中八九分かっていても、確認はしておきたい。
「婚約指輪って、誰の」
「ボクとの。」
「書類って、何の」
「婚姻届。」
「…誰の分」
「ボクとのに決まってるでしょ。」
やはり…。知らない間に、わたしは彼と結婚することになっていた。

ヒートと結婚できるのは嬉しい。嬉しいはずなのだけど……どうも素直に喜べず、感情が交錯する。
「…ヒート。そこは二人で相談すべきじゃない?普通はさ」
いったんはそれを押し込め、わたしはヒートに訊ねた。
「だって。今日のデートはボクにおまかせなんだよ?」
確かにその約束だった。でも…さすがに話が変わって来る。これは、わたしの人生に関わる問題だ。
それに、好きに事を進めるつもりだったのなら、目的地までバラさなくてもいいのに。…しかも、躊躇い無く。
「どうせなら“指輪屋さん”に着くまで隠してもらいたかったな」
「そしたらがハデに驚くもん。店の前でキャッキャするバカップルになるなんて、ボクは絶対ヤダ。」
それは、…否定できなかった。見通されている。
「それより。その後で、見た目でしか判断できないヤツらにナメた反応されるのが、ムカつく。」
「……」
おそらく、こっちが彼の本音だ。なるほど…、そういうことなら中途半端のサプライズも納得してしまう。
――我儘に見せておいて、実のところはわたしを気遣っているんだろう。
ヒートの自分勝手は、分かりにくい思いやりをはらんでいる時がある。…幼い外見に振り回されるのは何も周りだけではない、ということだ。


「ねーえ?はボクのこと、好きだよねっ」
見計らったように、ヒートはわたしの手を取って再び歩き始めた。
ずっとここにいる理由もないので、つられるようにわたしも続く。
「それは…好きだよ」
勿論、ヒートは大切なパートナーと思っている。彼以外で、こんな気持ちにはならない。
「とーぜんだよね。だってボクのだもん」
かぁっ、と頬に熱がいった。……好いている者にとっては、嬉しいセリフ。
隣でわたしを見上げるヒートのアイセンサは、奥から煌めくようにも映った。
「でもね、ボクはもうそれだけじゃ足りないの」
「ん?」
「ボクもも好き合ってて、一緒に住んでて、そのゴールっていったら決まってるでしょ?」
両手を繋がれて、また歩みが止まる。
向かい合わせになって、彼はこれ以上にない満面の笑みを、わたしに向けてくれた。
…ああ、それで、そうなるのか。
「結婚しよーよ。」
――これが、世に言うプロポーズ…!

「ね。ずーっと、ボクだけのでいて?」
更に、上目遣いで首を傾げられる。
甘えに甘いわたしのツボを心得ている、彼の必殺技。…耳まで熱くなってきた。
「いーよね。」
「……」
いつもなら、陥落している。今回は、崩れすぎて紡ぐ言葉が出て来ない。
「安心していいよ。ボクは、ぜーったいを離さないから」
「!」
そんな様子のわたしに、ヒートは返事を待とうともしなかった。手を引いて、今度は意気揚々と駆け出す。
「いってきまーす、しっかりお留守番してねっ!」
警護ロボットたちへ挨拶をして、エントランスの自動ドアをくぐるように抜けて行く。
わたしは――そうやって先を行ってくれる彼の気遣いに甘えさせてもらうことにした。
……まともに顔を見られるようになるまでは、何も言えそうになかった。







(わたしだって、ヒートだけ。…だからその手を、離さないで)

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病んでない、病んでないよ…たぶん。