むかつく。
「……フラッシュ」
この男、全く反応しない。
「……」
テレビに夢中?ふざけないでほしい。
「フラッシュってば!」
今日は、やっと休みが合って、こんな日中から、あなたの彼女が、お部屋に来てるんですよ!
「…おー」
やっと声が返ってくるも、彼が振り向くことはなかった。
「何でそう、生返事なわけ」
「るせ、今イイとこなんだよ」
だったら録画したらいいでしょ。休日の旅物バラエティじゃない。しかも再放送。
毒にも薬にもならないような情報ばかりだなってこの前酷評していたのは、どこの誰でしたか。…紛れもない、フラッシュだったでしょう?!
……と言う気も、失せた。
「…あっそ」
時間を無為に過ごす奴に何を言ったって糠に釘、こっちはこっちで好きな事をしよう。
そう思うことにして、わたしはテーブルで端末を開きネットの海を漂うも、目から情報がすり抜けていくようだった。
「……はぁ」
…折角一緒にいるのに、こんなのってない。
頬杖をついたらため息が出た。
こんな状態なら、ウエスで彼の部下を磨いているほうがよっぽど有意義に思えてきた。
あぁ…今日を楽しみにしていた昨日までのわたしに、「期待するんじゃない」って忠告にいきたい。
かといって、一人で何かをする気にもなれず、わたしは壁に掛かった写真に目を遣った。出掛ける度に二人で撮っていた写真を、最後に飾ったのは何か月前だったか。
マフラーを巻いて楽しそうなわたしの顔。いっそ、その日までタイムスリップしたい。そんな芸当、時間を操れる彼ですら出来ないけど。
…たぶんフラッシュは、わたしとの逢瀬なんて、もう何とも思っていないのだ。
だからこんな――ソファに横になって、わたしを視界にも入れようとせず、テレビに夢中なのだ。
「あー。なァ……」
「…………なに」
どうせエスプレッソでも淹れてくれ、なんて言い出すに違いない。
そう思って、やっと身を起こしてこちらを向いたフラッシュを、わたしは最高に不機嫌な顔をして応じてやった。
ところが――待っていたのは、そんな注文じゃなかった。
「籍、入れるか」
それは、“胡椒取れよ”並みのさり気なさで、わたしの耳までやってきた。
……セキ?
瞬きを、一つ。…短くて、分かりかねるぞ、隊長さん。
「…え?」
「だから、籍だよ。戸籍」
こせき…いれる、て。これは、もしかして…もしかしなくても。
「…入籍?」
わたし、結婚願いをされた?
「オイ、他にあるか?…ったく、こっちにゃ生返事だとか言っといて。ちゃんと聞いとけ」
テレビでは賑やかに通販のCMをしている。フラッシュはリモコンを取って、その電源を落とした。
「聞いてる、…聞いたよ。でも、そんな、…」
今言われるなんて、想定外もいいところだ。
しょうもない時間を過ごさせといて、不意のプロポーズとは……。
「何で、こんなタイミングで、そういうこと言うかな…」
「…いいだろ?」
静まった空間に、わざと低くしたその声。…言葉に詰まる。
その聞き方は…ズルい。
わたしの気持ちは分かりやすかったらしい。フラッシュの横目と瞳がかち合って、…僅かばかりビクッとなったら、彼は愉しそうな笑みを浮かべてソファから立ち上がった。
「ま、惚れた女を手に入れる為だ。ちょっとばかしクレバーになったって、バチは当たらねぇと思うが?」
「…くさいセリフっ」
たまに、フラッシュはそういう言葉をさらりと口に乗せてくる。“たまに”だから、余計に効くことを承知で使うのだ。性質が悪い。
そうだ、思い出せ。わたしはこの男に腹を立てていたんだ。
「んじゃ、もっとサービスしてやろうか。今日だけ特別な」
わたしのところまで歩み寄ったフラッシュは、テーブルに片手をついた。
「俺とは“こんな関係”だが、所詮は無機物と有機物で、能力も生き方も異なるモン同士だ」
「急に真面目モード?」
普通の人間と戦闘型ヒューマノイドの共存は、一般からかけ離れている。
わたしはフラッシュのような凄い能力は無い。せいぜい、サポート役の彼をサポートする程度で、役立つ人材とは言い難い。
「まァ聞いとけ。お前に出来る事が無いと言ってるわけじゃねェ」
「その発言がひどい」
「…悪かったな。そうやって可愛くねぇから“俺限定効果”なんだよ、とっとと言わせろ」
引っかかるのはお互い様だったらしい。
でも、先にしかめっ面をやめたのはフラッシュだった。
「俺は時を止めることができるが、お前は俺に時を忘れさせてくれる」
身を屈めてわたしを捉える紫紺のアイセンサ。
「ンな特殊能力のあるヤツ、どこ探したって他にいねェ。俺が離すと思うか」
彼の片腕が背中にまわって、抱き寄せられる。
「…いいか、」
そして、わたしの耳元に口を寄せた。
「俺にとっちゃ、お前は唯一無二だ」
「……っ」
――わざとらしい。わざとらしいと分かっている、けど…クラクラした。
「で。俺は一択問題だったが――お前はどうだ、サン?」
「……」
フラッシュに提示された選択肢は、あってないようなものだというのに。
「先の話のお返事は?」
…無性に悔しくなって睨みつけても、この意地の悪い男は口角を上げるばかりだった。
フラッシュには見えているのだろう。…はためく、白い旗が。
おかげで、わたしは……吐き捨てるように呟くしかなかった。