「、あとシャットダウンすれば、終わりだよ」
部屋に居ることの多いバブルは、水中で行う仕事のほかに、専門知識の必要なデスクワークも任される。
彼の言うところの“事務処理”は「単純作業ばかりで暇」だそうで、わたしの仕事が無いときは話し相手になってと、よくお部屋に招かれていた。
「んー、待ってる…」
今日は特に何をするわけでもなく、わたしは彼のベッドの上でごろごろしていた。
バブルの部屋だけは、大きな水槽があるかわりに、ソファもテーブルセットも無い。
それで彼がどこで端末を弄るかというと、関連パーツのある棚の上に端末を置き、立ったまま作業をしている。
以前に「その体勢、疲れないの?」と訊ねたら、水中以外なら立っていようが座っていようが大差は無い…とのこと。
――「心配してくれたの?ちゃんはやさしいなぁ」
そう言ったあと、鼻歌を歌いながら作業をしていた彼の背中を、ふと思い出した。
さて。バブルのお仕事ももうすぐ終わる。
傍で見守っているのもいいけれど、やっぱりもっと近くで話したかった。
「バーブールー」
ディスプレイの電源が落ちるのが見えたので、わたしは彼の名を呼んだ。
次第に、待ち遠しさでソワソワしてきた。寝そべったまま右に左に転がると、世界もぐるぐるとまわる。
そうやって暫くしていたら、コツンと硬い感触にぶつかった。
「なあに?ちゃん」
「お…お疲れさま」
見上げれば…その彼がこちらに来ていた。
「ありがと」
ベッドサイドに腰掛けて、くしゃくしゃになったわたしの髪をかき分けて、クスリと笑う。
それだけなのに、嬉しさがこみ上げた。…単純と言われても仕方のない、わたしの思考回路。
「…しあわせ。」
口に出すと、改めて感じる。
彼と二人で、贅沢に時間を過ごす。こんなに幸せなことはない。
「本当?おれのほうが幸せだと思うけどなぁ」
「えー、そうかな」
そう言いながらわたしは起き上がって、バブルの隣に座り直した。
「でもバブルが幸せなのは、わたしも嬉しいよ」
「…おれね、こういう幸せって掴めないもんだと思ってた」
バブルはちょっと真剣な目をして、部屋を見ていた。
「掴もうとしても、すり抜けていっちゃうんだろうって」
視線の先にあったのは、数年前にわたしがプレゼントしたフロートオブジェだった。
「がここに来てくれて、おれを選んでくれて、こうやっていられるなんて、夢みたいだ」
バブルの…こういう気持ちを素直に伝えてくれるところが、わたしはとても好きだ。
ヒューマノイドの中でも“特殊型”な構造の彼だけど、兄弟や人を想う気持ちは人一倍だ。…これは、贔屓目じゃないと思う。
「……夢じゃ、ないからね」
わたしは、そんなバブルの手を取った。
「そうだね。だってが、こんなに温かい」
指を絡めて包みこむと自然に目が合って、互いに笑みが零れた。
「…、おれたちがもっと幸せになれる方法、知ってる?」
「……何だろう。バブルは分かるの?」
今でも充分だというのに、それ以上とは。…思いつきそうもなかった。
うーん、と考えるわたしを見ていたバブルは、心底楽しそうにして――人生最大級の提案をしてくれた。
「うん。結婚しちゃおっか。」
「!!」
――結婚、か!
「少なくとも、おれは最高に幸せになれると思うな」
…どうしよう、どうしよう。
「そして、おれはを最高に幸せにしてあげたいって思ってる」
そんなこと、全然考えてなかった。
「どうかな。なかなか名案だと思うんだけど。」
……嬉しくて、どう表現したらいいか分からない。
ただ…顔が赤くなっていくのだけは、自覚した。
何も言えないままのわたしの横で、バブルはベッドサイドの引き出しを開けて、何やら漁っていた。
「あ、これもあげる」
彼が、無造作に掴んでいた不織布のクロスを開いていくと、光に触れた多面体が輝きを主張し始めた。
「これでとびきりの指輪を作ろうよ」
…指輪にするには勿体ないくらいの、大きなダイヤモンドのルースだった。
このタイミングで、渡されるということは――。
「…エンゲージ、リング?」
「それは、のお答え次第かな。まぁ…要らなかったら、水路に放り込むだけだね」
「すいっ…?!」
こんな、どう見ても高価なものを……!
バブルって…変に思い切りのいいところがあるから、こっちのほうが困ってしまう。
「というわけで。」
軽やかにベッドから降りたバブルは、右足をついて跪いた。
クロスの中で光るダイヤモンドを両手で掲げて、改めてわたしに見せる。
「一生おれにお付き合いしてくれませんか、ちゃん」
畏まった体勢なのに、悪戯っぽく笑う、バブルからわたしへのプロポーズ。
「……」
…きっと、わたしがひと言肯定すれば。彼は左手を取って、手の甲にマスク越しのキスをしてくれる――。
そんな近未来を思い描きながら、わたしはつぐんでいた口を開き始めた。