彼ならこんなプロポーズ。 ver.A



「こんばんは、エアー」
今日はエアーに、用事がすんだら自室に来るように呼ばれていた。彼は大抵、何かしらで忙しくしているので、彼から部屋にお呼ばれ、というのは久しかった。
「珍しいよね。どうかした?」
「……その、なんだ。とにかくそこに掛けなさい」
入ると、彼はいつも以上に硬い顔をしてわたしを迎えた。
取りあえずイスに座るも、その様子が気になって妙に落ち付かない。
いつもと同じであることといえば、ペアのマグカップにホットココアが入っていることくらいだ。
なみなみと注がれたその上には、さらにこんもりと生クリームが乗っている。…常軌を逸する量だった。
これは……何かあると確信せざるを得ない。

向かい合って、しばし無音の時が過ぎる。
そんなにも改まって言うような話に、心当たりはない。…どんどん不安になってきた。
「…と、こうやって過ごすようになって…随分経ったな」
終にエアーが、もそもそと切り出した。彼も空気が重たい事は自覚しているようで、大きな瞳が瞼に伏せられる。
「そうだね。」
相づちをしても、会話はそこで途絶えてしまう。
間が持たなくて、わたしはまだ熱いココアを冷ます作業で紛らわそうと、マグカップに手を伸ばした。
彼もまた、零れそうな勢いでココアをあおり、周りに付いた生クリームをペーパーで拭った。熱さに強いとはいえ、折角の好物を味わえてはいないだろう。普段のエアーなら、そんな勿体ない事はしないのに。

「ここ暫くの間、俺はずっと考えていた」
次の言葉を発する前に、エアーは僅かに俯いた。彼の青い装甲は、部屋の明かりを複雑に屈折させる。
「このような関係をこのまま続けるわけにもいくまい、と」
「!」
関係の、解消。
口元にあったマグカップを危うく落としそうになった。
「そ、それって――」
口をつけずじまいのそれを、こわばる手でテーブルに戻す。
どうしよう……知らぬうちに、彼に悪い事をしてしまっただろうか。今そう思ったところで、解決策が出るわけでもないけれど…。
急激に焦燥感が湧いてきて、胸のあたりがざわついた。

!」
「は、はい?!」
張りのある大きな声で名を呼ばれ、わたしはわけも分からず敬語で返してしまった。
目の前の彼をおずおずと見上げる。…この後、どう言葉を続ける気なんだろう。

「俺は、離れる気など更々無い。」
…それは、彼の力強い宣誓だった。
吹き込まれた一陣の風は、この場の空気を瞬時に入れ替えるには十分だった。
テーブルの前で組まれていた彼のハンドアームは解かれ、こぶしを作る。
そして彼の言葉はそこで終わらず――更に突風が待っていた。

「一生、おまえを守る。…永劫、俺と共に居てくれないか」
よく通る、凛とした彼の声が芯まで響く。
「……」
わたしはというと、言葉を忘れてしまったかのように固まっていた。
“彼がわたしに、プロポーズをしている”。この現実に、反応が追いつかない。
もっと、感情が出てもいいはずなのに。
――大変だ。人生の、一大事だ…!
頭の中はそれだけで、ほんの数語が引っ切り無しに暴れるばかりだった。


「……。おまえへの願いは、もう一つある」
瞬きするばかりのわたしをじっと見ていたエアーは、直ぐ言葉が返らないと取ってくれたらしく、おもむろに小さな箱をテーブルに出した。
「…そ、それって!」
「サイズが違ったら…今度は二人で替えに行こう。」
大きな手で開けられたその立方体の中は、勘付いたその通りのエンゲージリングだった。
――リングの用意までしているなんて、エアーはなんて周到なんだ…。

…ん?だけど、彼はサイズをどうやって知ったのだろう。
今まで彼からリングなんて送られた事はないし、サイズを聞かれた事もない。ここにいる誰かが知っているわけでもないし、測られたことも……って、もしかして…!
近頃、恥ずかしがってたはずのエアーから手を繋いできたり、いろんな繋ぎ方をしてたのって……このためだった?!
「…エアー…」
何も言わず、そんなことまでしていたなんて。
言ってくれれば、ちゃんとサイズを教えたのに。
でも…そうしたら、わたしに分かってしまうから、敢えてこんな回りくどい方法をしたのだ。そしてわたしは、まんまと驚いた、という……何ていけずなんだろう。
とはいえ、そんな方法でもちゃんと数値化できるっていうのは、ヒューマノイドならではのような気がする。
…何にしたって、水臭いことをしてくれた。本当に彼らしいことだ。

「…どう、だろうか」
ここまでわたしに誓って、リングまで用意していて。
それでも、わたしの返事を緊張気味に待つ。それがこのエアーマンという男だった。
わたしはその想いに、振る舞いに、真っすぐに答えなければならない。
「うん、エアー。わたしを――」
だってわたしは、そんな彼が大好きで……どうしようもない程に愛おしく思っているのだから。







(……一生、エアーと共に居させて下さい。)

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指を絡めたときに、さり気なくサイズを測ってたエアーとか、もえすぎませんか。