「お前がカメラだなんて、何に使うんだよ」
「ゴハンのメニューを撮ったり、雑木林にあるお花を撮ったり、それにみんなを撮ったり!いろいろ出来るじゃない」
持ってないから一つくらいあってもいいと思ったの、とは街への道すがらで能天気に語った。
「フラッシュのはいつも貸してくれないしさー」
「なんかに貸したらブッ壊して返されそうだからな」
「ひっどい、そんなに不器用じゃないよ!」
一言多いのは自覚しているが、敢えて言う。内心、予想通りに怒る彼女が可笑しくて、可愛くて堪らない。
「じゃあカメラが趣味とおっしゃるフラッシュさんは、何に使ってるの?」
…お、そう来るか。
「……、聞きたいか?」
「その間はなに…?」
「っはは。ビビんな、ばーか。いろいろやるが、モノクロ出しは個人でも凝れるから、好んでる」
ま、言えないこともやってるぜ?もちろん言わねェけど。
「前から思ってたけど…フラッシュが持ってるカメラって、ずいぶんレトロだよね」
肩に掛ける俺の愛機をじっと見て、が言った。
「ああ、フィルム式だからな」
あのクソ親父が昔使ってたという、古ぼけたカメラだ。今どきこんなモンを提げて街を歩く奴なんて、俺くらいだろう。
「それで、たまに変な色した薄暗い別室に籠って、なんか濡らしながらニヤニヤしているんだよね?」
「人聞きの悪い表現をするな。暗室で現像しているだけだろうが」
お前がそういう言い方をするモンじゃねぇだろう。そういう思わせぶりなことを言うのは俺の仕事だ…って何の話だ。
「んーでも、今どきないよね。フィルムってもう注文しないと買えないでしょ?」
「まあな」
店に入ってフロアを広く見渡しても、フィルム式カメラはおろかフィルムすらない。あるのは似て非なる記録方法のカメラと、いかにもな形をした記録用チップだ。
「新しいカメラのほうが綺麗に撮れるんじゃないの?わざわざ古いの使って」
が最新のモデルを手に取った。俺が持っているものと同じメーカーだ。同じ名を冠しているのに、見た目も中身もまるっきり違う。
「綺麗かどうかは出力媒体によるな。まあ、主流のデジタルのほうが便利な点は多い。撮影枚数の制限なんてあってないようなモンだし、失敗しても撮り直しや修正がいくらでもできる」
使い方をよく知らない彼女は、電源のオン・オフだけをしてカメラを戻した。
「俺も仕事なら断然デジタルだ。データの管理に複製…あいつらと共有するには、親和性があるほうが楽だからな」
俺は上物の一眼のファインダーを覗く。…こんなディスプレイは、カメラ以外で見厭きている。
「でもな、俺はフィルムが好きなんだよ」
レンズは転がるように走る子供を捉えた。俺はその無邪気なガキを追いかけながら連写をする。小気味の良いその音は変わっていない…が、これは人工的でシャッターの閉じる振動を感じない。
「最高の瞬間をネガに焼き付けてきて、どう出るかわからないまま印画紙を現像液につけて、画が出てくるときのあの高揚感は…他にはちょっとねェ」
ふ、と息を一つ吐いて、俺はファインダーから目を離した。
は一連の動作をずっと見ていたらしく、チラリと視線をやったら目が合った。
わざとらしく瞳を逸らす彼女の頬は少し赤みがかっていて、俺がそうさせたと思うと何とも得をした気分になった。
「……ごめん、わかんない。」
やや間をとってから、はそう言った。
俺が言ったことを考えていたのか、それとも気を落ちつけるためだったのか。……少し自惚れても、いいだろうか。
「正直に、どーも」
「だけど凄い好きなんだっていうのと、あの謎の部屋がこだわりの空間だってことはよくわかった」
尊敬混じりの、彼女の目の輝き。それは、自分の知らない世界を持つ者だけに向けられるものだ。
「…まあ、な」
わからない、か。…それでもイイけどな。
趣味でやってることなのにヘタに足突っ込まれて、意見が衝突するよりかは面倒くさくなくていい。
「じゃ、お前みたいなシロートはここら辺のちっこいデジカメでも買っとけ」
「わっ!」
俺はの手を取って、クレジットカード程の大きさのカラフルなカメラが並ぶコーナーに引き入れた。
「急に引っ張るの、やめてよ」
「だいたい綺麗に撮りたいならこれ、暗いとこならこれ、たくさん望遠使うならこれ、逆に接写ならこれ」
「…???」
抗議に答えないまま俺がぱっぱとカメラを指差すと、案の定は目を瞬(しばた)かせる。
「……もう見た目で選べ。この中から選べばハズレは引かねぇ」
そう言うと、彼女にはわかりやすかったようで、これは色がカワイイだの、形がイマイチだのといちいち評価をしながら俺に意見を求めた。
「ね、どっちが可愛いかな?」
「どっちも大して変わらねェだろ」
だが機能傾向は全く違う。比較の仕方が最悪だ。
「変わるよ!このボタンの形とか、ツヤツヤ感とか、違うじゃん!」
何だそりゃ…。まあでも、知らない奴にとってはそんなモンなのかもしれない。
「フラッシュは買わないの?」
「俺か?」
「だって、せっかくじゃない?一緒に買おうよ」
同じの持ってたらわからないときに聞けるから!とは勧めるが、俺が買ったところで使いそうもない。
「デジタル式なんざ、わざわざ持つもんでもねェ。アイセンサと記憶メモリを使えば、疑似デジカメみたいになるからな」
それがデジタル式を使わない一因だ。俺らはカメラに特化しているわけではないので、出力媒体が限定的である点と機能の細部は本職に劣るが、大抵のことなら事足りてしまう。
「へー、そうだったんだ」
さすが、すごいなーという、また能天気な返事。…どうもこいつは想像力というものが足りないようだ。まったく――いや、それならそれでいい。こちらが得をするだけだ。
「何にせよ…データとして置いておくより、写真にして出すほうが絶対いい。お前も買ったら、どんどん印刷しとけ」
「それは、絶対そうする!部屋に飾ったら賑やかになっていいもんね」
随分と撮影意欲に燃えている。いいことだ。
「で、。買うモン決まったのか?」
「あっ…それは、まだ――」
…これだから、こいつは。
それからカメラとケースを決めるまで、数十分。結局彼女は、俺が持っていたものと同じメーカーのコンデジを購入していた。
「フラッシュのおかげでいい買い物できたよ、ありがと!」
「…よかったな」
どうでもいい会話に付き合うしかない俺は、相づちを打ちながら違うことを考えてどうにか気を紛らわせた。…正直、グッタリだ。
「どうしよう。まだ帰るには早いかな?」
「そうだな…」
こんなに相手してやったんだ。何か、俺にバックがあってもいいはずだ。
幸い、実家に戻るには少し時間があった。
「少し、寄り道してくか?イイとこ知ってんだよ」
「お、フラッシュおすすめのお店?」
「…そんなトコだ」
今度は俺に付き合ってもらっていいだろう…と、俺は考えていたことを実行するために再びの手を引いた。