ニホンには初めて降り立った。僕にとっては、親近感がわく国。
というのも、僕の名前の元、そして頭部に搭載されている“コマ”が新年になると大活躍するんだそうだ。
しかも伝統芸能なんて言われているらしい。……そこまでいくと、こそばゆい。できたら、日常の中でも遊んでほしいんだけど――。
「ハーイ今日はー、みんなのために、海のむこーうから来てくれたロボットさんと遊ぶよー」
片手を口元に持っていき、女性のスタッフが大きな声で子供たちを注目させる。
彼女の隣まで来れば、僕の目の前に数十人の親子連れ。横には、たくさんのコマ。
今日の仕事はこの子供たちとコマで遊ぶことだ。いつもも似たような事をしているけど、海一つ越えるとなると気合いが入る。……言語も変わるしね。
「みんな、初めまして。僕はタップマン。よろしくね」
大きなアイセンサを狭めてニッコリ、お辞儀は美しく45度きっかり。正式な挨拶はしっかりしておく。
顔を上げたら、子供たちは興味津津といった具合に目を輝かせていた。大人からは拍手が弾ける。
「あれが、例のヒューマノイド……」
「めめ、まーるい」
「ロボット!ほんもの?あたまとれない?」
「な、ナオくん!そういうこと言わないの!」
「ハハ。簡単には取れないって」
目の前の元気な子にバチッとウインクをしたら、それだけで周りの子までがはしゃいでしまった。
にわかにスタッフの人が慌てだす。…これは最初から、やり過ぎちゃったかもしれない。
「タップマンは、コマ回しの先生なんだよー。さっそく、見せてもらおっか」
先生は収拾がつかなくなった子供たちを見事に沈めてくれた。
「お願いします」と声を掛けられたので、待ってましたとばかりに頭部のコマを全部出してみせる。高速で回りながら飛び出すコマに、子供たちから歓声が沸いた。掴みは上々だ。
「さあ、みんなもいろんなコマを回してみようか。やり方が分からなかったら、僕や大人のひとにどんどん聞いてね!」
子供たちも、ただジッとしているのは退屈だったろう。勢いよく駆け出して、コマを選び出した。
小さなどんぐりのようなひねりゴマを競い合うように回す子たちや、大きな手よりゴマを一所懸命に回そうとしている子。ちっちゃい子達が自分なりに考えながら、試行錯誤している姿は微笑ましかった。
「…こんなにも色々なコマを見たのは、初めてかもしれないな」
「何せ、あの“ライト博士がお作りになった”ヒューマノイドが来て下さるというのですから、私どもとしても精一杯に手を尽くさなくては」
僕の独り言をイベントの責任者が聞いていたみたいだ。
横を向けば僕と同様に、はしゃぐ子供たちを楽しそうに見ていた。こういう企画をするだけあって子供好きなんだろう。
「ライト博士は、本当に凄いと思いますよ。……人間に刃を向けたこんなロボットにも、再生の道を与えてくれた。彼に作られたことは、誇りです」
そう、ライト博士は僕の生みの親であり、僕を救ってくれた偉大な存在だった。
僕は……少し前まではどうしようもないロボットだった、らしい。
らしい、というのは――そのことを覚えていないからだ。後から知ったことだから、そういう言い方になってしまう。
以前の僕は、もう一人の生みの親であるワイリー博士に改造されて、相当な悪事をしていたそうだ。
だけど、ライト博士と彼の一番息子であるロックマンのおかげで正気を取り戻せた。そのうえ嫌な記憶も消してくれたのだ。…感謝しても、し足りない。
「…あの事件は、私も知っておりますが……悪いのはワイリーですよ。あなたは――そう、被害者だ。ただ、いいように使われてしまっただけで」
彼のように言ってくれると、罪悪感も少し救われるようだ。…犯してしまった罪をなくすことは、出来ないけれど。
「今、こうやってあなたは、子供たち、私たちの役に立ってくれる。それで充分です」
「…ありがとうございます」
……人の為に尽くす道を与えられただけ、僕は幸せなんだろう。だから、これからはそんなライト博士たちの為にも励まなければならない。
「な〜タップマン!見ろよ、ベーゴマこんだけ取ったぜ!」
「タップにーちゃ、これ、まわんない」
「聞いてるぅ?タップマンー」
「…ああ、ゴメン。僕も混ぜて混ぜて!」
責任者にかろうじて会釈だけをすると、僕は幾つもの手に引かれて子供たちの輪に入った。
「クルッて回したら、サッと手を離して?すぐ…そう!」
「わあ、まわった!」
「タップすげー!あんがとなー」
「はは、お安い御用だよ」
――そういえば、前にもこんな賑やかなイベントをやったことがある。
コマ回しが得意な僕と、メンコが好きな…青くて大きい機体の先輩と、僕の…大好きな……大好き、な――?
……誰、だ?
記憶回路の中をくまなく探っても出てこなかった。“大好きな相手”を知らないなんて、…いや、自分に“大好きな相手がいる事”さえ、僕は今知った。…僕の機能の異常だろうか?
それに、先輩って……僕のようなヒューマノイドの先発機体自体、希少だというのに…?
――「あはは、タップ張り切ってるね」
――「そりゃあ魅せどころだもん。だからさ…___、僕に惚れてよ?」
言葉のやり取りはこれだけしか出て来ない。何度となく繰り返し引き出しても、前後へ繋がってはくれず、何かが抜け落ちている。
話し相手の姿も、どんな声かも、情報がない。
これは……ライト博士が僕の為に消してくれた記憶の断片か?
……ということは――僕が、悪者だった時?
「……まさか」
おかしい。あの、ワイリー博士の下にいた時が、とてつもなく楽しかったような感覚。
これは…きっと錯覚だ。人を不幸に陥れる“悪者”の組織の中でそんなこと、あるわけが…。
「やった、わたしもまわせた!」
「あ、僕わかった、こうやって巻くとな…」
「……」
子供たちの声が遠い。自分のことにメモリを割いているせいで、目の前がおろそかだった。
わかっていても、考えるのを止められない。
さっき出てきたあの一場面は、……確かに僕の過去なんだろう。
その欠片のような画の中で――僕のアイカメラは、自分のワイリーマークを映していたのだから。
……悪事を働いていた過去なんて要らないものだ。失くしてもらえてよかった…はずだ。
なのに…どうして、大切なものまで失ってしまったような気に……。
「タップにーちゃん?」
見上げる子のほうへ振り向くと、雫が床へ落ちた。
「な、いて――」
「……え?」
流れ出る感情をどうしたらいいか分からないで、僕はそのまま立ちつくしていた。
責任者が駆け寄ってきたのは、子供たちが僕を呼び叫んでしばらくした頃だった。