「熱心だよなー、いつも。」
貴重な休憩時間。オレは黙々と作業に勤しんでいるというのに、今日は面倒な野郎が隣に来た。
珍しい事だ。寄って来んなオーラ全開のオレに話し掛ける点は、ツワモノと言ってやってもいい。
「手縫いが好きなんだよ、オレはな。趣味でやってんだ、機械が機械の手を借りるなんざしたかねーや」
「お前、時たますげー人間みたいなこと言うな。さすが“秀才”ライト博士と“天才(笑)”ワイリーの共同制作だ」
オレが言うとやや驚いた表情をしたが、すぐにヘラヘラと冗談めかしてニヤついた。
……世間でのオレの親の評価は、そんなところだろう。前者は誰からも尊敬され、後者は誰からも蔑まれる科学者。
オセロの白と黒ほどに近くて遠い二人を生みの親に持つ身から言わせてもらえば、どちらの実力も素晴らしいものだ。間違っても、下卑た笑みで語ることが出来ない程度には。
「あいつはな、腐っても天才だよ」
手を止めて、オレは小さく吐いた。……こいつは聞く耳を持っていない、と思いながら。
彼の興味は、オレの製作物らしい。缶コーヒーを持ったまま片手で布の端を持ち上げて、キレーに縫うなぁと褒められた。嬉しくもない。
触んじゃねェこのドカス、と静かに返したら、スンマセンの言葉と共に手が引っ込んだ。
「でも、アレだな。何で女物ばっかりなんだ?…あ〜もしかして、そーいう趣味?」
「着ねえぞ。見りゃ分かんだろ、体型」
「ですよねーニードルさーん」
こいつ……煩くなってきた。だが、傍からオレの裁縫を見ていれば疑問に思うのも当然だろうか。
「…野郎の作るよか、女モンのほうが何かと飾れんだろが。バリエーションあっから作り甲斐があんだよ」
「その割、どれも同じサイズで作るのは……アレか?好きな女でもいるの、ニードル?」
「……」
「なーんて、まっさかねぇ。あるわけないない。」
言葉に詰まったオレに気付くことなく、彼は缶コーヒーを呷った。
莫迦のクセに……鋭い事を。
しかし。こいつの言うとおり、本来ならあるわけない事だった。
気に余裕を取り戻す。真の意味で悟られたら…オレは今度こそ終いだろうが。
「好きだの嫌いだの、大変だぁな。……人間は」
「そーだぜ?今朝もケンカして家を出てきた人間サマとしては、仕事が終わってほしくないわけよ」
こいつには待っているオンナがいるらしい。…帰れる家があるだけ、幸せだろうに。
「熱心なこった。おめぇの休憩時間は、既に3分17秒を超えたがなぁ?」
「うーわー面倒くせぇヤツ。わーった、もう出るから。お前も早く戻れよー」
…妙に正確に数字を弾きたがる。コレだからロボットってのは――。
「オレの仕事は、もうちっとおめぇらが進んでからだよ」
「クッソ、早いとこ片付けてお前の裁縫を止めてやんよ!」
「せいぜい頑張れ下っ端」
「っせー!お前本当にヒューマノイドかよ?!中の人いねーのかよ!」
「ほざいてろ」
喚きながらも、莫迦野郎は空き缶をクズカゴに投げ入れて現場へと駆けて行った。
まあ…オレの刺々しい会話に付いてくるところからして、なかなか骨があると見てよさそうだ。
あとは仕事を覚えられれば、長く使えるだろう。
工員が消えた休憩室の端で、オレは暫くぶりにカメラアイを手先から遠ざけた。天井まで視線を上げ、照明の眩しさに瞼を下げる。
「…何着目だよ、コレで」
届ける事も出来ないオンナへ服を作る。サイズは、最後に測った時のまま。
その“最後”も、随分と経ってしまった。採寸出来ずに作ったオーダーメイドなど、使えるものでは無い。
「――」
着る対象であった人間は、ここにいない。そもそも、オーダーされてもいなかった。
それでも作らずにはおれず、オレは生地を揃えて仕事場に来てしまう。時間が空くと、わずかの隙間もこの針で縫い止めたくなるのだ。
この記憶をそのままにしたのは、あの善良を絵に描いたような創造主の優しさか。それとも、もう一人の悪ガキみたいな創造主がプロテクトでも掛けていたか。
……ヤツが負ける事なんて考えておくだろうか。そのセンは、薄い。
これは、前者のご厚意に違いないだろう。
かつてのままのオレだったなら、取りあえずニードルキャノンでもぶっ放していそうだが…あいにく過度の攻撃性は削られて、“人の下で働くロボットとしての嗜み”だけは入れられている。
加えて、不用意に動くわけにもいかない。妙な動きをしたら、白ひげジジイのラボに強制送還――最悪スクラップだろう。
良く出来た生殺しだ。
…彼女との記憶を失くしたくはない。
この気持ちは揺るぎない。
その代わり――オレは全てを明確に覚えていて、これからも忘れる事は無い。
世紀を代表する2人の博士による共同開発一号機として、この世に生まれた日も。
先発の兄機に連れられた“彼女”に、初めて出会った日も。
創造主の片割れである、腐った“天才”に改造された日も。
特別な思いを抱く彼女を一人占めできた、貴重な日も。
命(めい)をもって、破壊の限りを尽くした日も。
彼女に軽い挨拶だけをしてあの場所を出た、最後の日も。
旧機といってもいいはずの“秀才の愛息”に、ぶちのめされた日も。
そして……元の仕事に戻れるようにと、“直してもらった”日も――。
「オラァ、ニードル!おめーの出番だ、来いや!」
上司の容赦ない濁声で、物思いは中断された。…争いのない平和な世界でも、何もかもが美しいとは限らない。
「へーへー!今行くっすよ旦那ァ!」
急いでも、手元の布地だけは丁重に畳む己に苦笑する。そして、オレは思うのだ。
この歪んだルーティーンは、使用期限のその日まで変わらないのだろう…と。