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そして靴の中には6ゼニー銀貨を



おれ――すなわちバブルマンと、あの子は、めでたく結婚しました。
でも、結婚式は堅苦しくってあんまり好みじゃないから、パス。
その代わりに……おれとしては(ほかのDWNに)派手にお披露目したい気持ちもあったから、披露宴をすることに決めた。
といっても、呼ぶのは我らが博士とDWNくらいのもの。敷地にちょっと豪華なセットとオードブルでも並べて正装すれば、それっぽくなるよね?みたいな軽めのノリで、パーティのセッティングは進んでいった。
いつもより慌ただしく日々が過ぎ、いよいよ今日が当日。
おれは部屋であの子を待っている。彼女は、ウエディングドレスを着て間もなく登場予定だ。
どんなドレスかはおれにも秘密にされていて、唯一博士だけが知っている。普通は新郎と一緒に選ぶ気がしたけど、彼女たっての願いとあらば叶えてあげるのが懐の深さじゃないかと思って――そしてサプライズと思えば楽しみだし、今日まで待ってみた。

「…バブル、」
オフホワイトのドレスに包まれたあの子が恥ずかしげにドアから顔を覗かせるのが愛おしいやら可愛いやら、彼女の「準備してきたよ」の言葉がセンサに入りきる前に抱きしめてあげた。
すると隣の、一段と眉間にシワを寄せたおれの生みの親はそれを見なかったことにしたらしく、「面子が揃ったらヒートあたりが呼びに来るじゃろ」とだけ言い残して行ってしまった。
やや丸まった彼の背はタキシードを着ていても相変わらずで、おれはクスクスと声を漏らすのを止められなかった。
「あれ…ドレス、似合わなかった?」
「その真反対。博士と選んだんでしょ?誰から見たって間違いないよ」
あの子は自分が笑われたと勘違いをしたようだけど、彼はああ見えてセンスは悪くない。意外に思われそうだけど、そういうことに敏感だった。
…そんな“おれたちのお父さん”は、例の実験を始めた頃からこういう結末を予想していたのだろうか。
見越してもなお、あんな“娘を取られたような父親の顔”をしていたのなら――

「バブル……今日しか着ないんだから、しっかり見ておいてよ」
おれの右耳があの子の声を拾うので、博士のことを考えるのはここまでにしよう。
「うんうん。いい香り。やっぱりこのパルファンで正解だ」
「あれだけ調香師さんに言えばね…」
あの――プロポーズに使ったルースを指輪に加工しに行った時、一緒に香水も頼んでおいたのだ。爽やかなレモンの香りは落ち着いて、フローラルとムスクが主張を始めている。
「…あ、そうじゃなくって、バブルっ」
「あはは、わかってるよ。…おれの可愛い花嫁さんを、これからよーく見せてください」
さて。あの子の言葉を受け流していたけど、そろそろ本格的に機嫌を損ねてしまいそうだ。
背に回していた手もここまでにして、部屋の中で彼女(と博士)がおれのために選んできた花嫁衣装を愛でることにした。


マーメイドラインのウエディングドレス(…これはやんちゃな弟たちが多いから動きやすさを考慮したんだと思う)は心地いいシルク地で、離れる時は少し名残惜しかった。
だけど、引いた目線では彼女の美しい流線型をアイカメラに収める事ができる。
繊細な装飾の揺れるティアラとピアスはプラチナだろうか。真白のロンググローブはフィンガーレスで、ルースを加工した大粒のエンゲージリングが左手の薬指で主張していた。
あの子のこんな姿をおれが見ることはこの先ないだろう。……パルファンの香りと共に、メモリに刻みつけておきたい。
「綺麗だね、あの子」
「ありがとう」
こういう装いには今みたいな笑顔がいちばん似合う。今日はことさら、そんな表情をさせてあげたいと思った。
「ネックレス……これだけ新しくない、よね?」
「うん、博士がくれたの。よくわかったね!」
「…へぇ」
パールに重ね付けされていたのは白蝶貝のネックレスだという。ウエディング用のデザインにしてはやや違和感があったから聞いてみたけど……博士はどこにこんな物をしまっていたのやら。

一通り眺めていると、あの子が思いついたような声を出して、今度は悪戯っぽい顔でおれに聞いた。
「バブルでも溺れちゃう?」
「……」
…それ、“わたしに”ってことだよね?あの子ちゃん。
彼女はおれにも随分と言うようになった。…最初に会った時の弱々しい姿からこうなるなんて…克明に変わっていく人って存在は素晴らしくも恐ろしい。
「…溺れてるよ」
何せおれは、望んで沈みにかかってる。――二度とは浮かんで来れないね。



「何があっても、おれはあの子と共にいる。あの子を愛す。これほど想うのも、きみだけだ。誓うよ」
式はしないから、今のうちに結婚指輪も互いに付けあった。
口上を言うべきか聞いたら、堅苦しいのイヤなんでしょ?と言ってくれたので、いちおう覚えておいたけど端折った。それでも長い。
「わたしもバブルに同じです。」
「うわ。あの子ずるい」
こんなゆるい空気の指輪交換も、楽しくって仕方なかった。
マリッジリングはお揃いで、おれがいつでもつけやすいように…ってことでリングのラインに石が入った程度の控えめ仕様だ。あの子ならエンゲージリングと重ね付けしても煩くない。
「ペアリング…大切に付けるね」
「おれも。ずっと外さない」
隣の彼女と手をそっと握りあい、やわらかな気分に包まれる。さっきみたいな笑顔……おれも、同じような顔をしているはずだ。

「おいでよ、あの子。抱きしめさせて。」
「また?」
「うん、“また”なんだ。」
部屋のキャパシティにそぐわない大きなベッドの上で、彼女を自分の膝へと招き入れる。
――おれはどこかの孤独気取りみたいに“すまない”なんて言わない。もっとしたたかじゃないと、大事な人を手元に置いていられない。
「…だって、ここがあの子の定位置。」
……でしょ?って、そこまでを耳元で囁けば、仕方ないって聞こえてきそうな息を一つ吐いて「そうだったね」なんて話を合わせてくれる。
「あ、い、し、て、る」
「…その言葉はお腹いっぱい」
「言わせてよ」
今はだめだと、あの子が拒むのはわかっていても、言いたくなってしまう。ついでにキスもしたくなる。
…でも大丈夫。チークもファンデーションも溶かさない。おれにはルージュを味わう趣味もないし。


「――バブルぅ?あの子いじめてないで来てよー!」
「ん、お披露目の時間だ。行こう」
ここで時間切れ。困惑しつつも浮ついた気分から戻れない彼女に立ちあがってもらうと、言葉の代わりに目で訴えられた。
……お預けは、待つのも待たせるのも好きだ。待つのには慣れてるし、相手に種を蒔いておけば…たいてい何倍にもなって返って来る。
「……青いリボンは、後でもらうね」
「!」
驚いて真っ赤になった彼女を、部屋に来た弟たちが見て怒られ冷やかされ。
それがまったく気にならないのは、これから思いっきり“おれの嫁”を自慢しに行くからだろう。

『なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの
なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの
そして靴の中には6ペンス銀貨を』

……おれたちは最初だから借りられなかったけど、次の誰かにしてあげればチャラだと思っておくかな。
「ねーそれなに?歌??」
皆が待つフロアへの道すがら、おれがご機嫌に口ずさんだのは――

「“花嫁さんが幸せになれるおまじない”だよ」

※引用:"Something Four"(Mother Goose)



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【サムシングフォー】
=花嫁が「先祖や親からのもの、新品・特に白いもの、既婚の友人からの借りもの、目立たない場所に青いもの(+左足のかかとに6ペンス銀貨)」を付ければ幸せになれる、という慣習。元々はマザー・グースの歌から来ている。(主に欧米で行われるそうです)

9000hitキリリクは「プロポーズネタ後日談・ばぶるの部屋で二人で結婚式の真似事を」…ということでこんな事になりました。大っっ変お待たせしました、さち様…!!

上記の補足としては「青=女性の慎ましやかさ・誠実な心の象徴、聖母マリアのシンボルカラー」――あとはわかるな?(笑)
他にも意味があるので、気になった方はぐぐって下さい…

ここでは「フォー」でなくスリー(借りられる人がいない)だし、ロクマの通貨がゼニーぽいので改変。果たして6ゼニーは銀貨なのか。誰にもわからない。
……ところで、バブルの格好がどんなかは…お任せします(笑)


(110222up)