「じゅうさーん」
ぱすーん。
「…14」
ばすっ。
「じゅうごー、っと」
白い円錐が、弧を描いて落ちて来る。
「…ハァ」
俺がそれを地に着く前に拾い上げると、も同様に、戻って来たそれを打ち上げる。何度も、何度も。
……なんで俺が、こんな事をしなくちゃなんねェんだ。
「あー16っ!フラッシュ、ちゃんと数えてよ!17っ!」
「へーへー18ィ!」
しかも煩わしいことに……返す度に数えないと、が怒る。
俺が打ち返した18回目の放物線は、低い軌道で彼女の右上を鋭く抜け――追う暇を与えないまま数メートル後方に落下した。
「強いよ!あんなの取れない!」
「ンなモン、気合で取れよ」
「むーりー!」
ぷりぷりと抗議の声を上げるに、俺は苛立つ気分そのままに返した。
…本音を言えば、俺は早く切り上げたい。
だが彼女は、今までの最高カウントがパーになったことを相当残念がっている。分かっちゃいないだろう。
「あーあ…フラッシュのせいだ」
「俺の所為にすんな。こっちはに付き合ってやってんだ」
「協力してくれないと、いつまでたっても100までいかないでしょ!」
…そこが、最大の問題だった。カウント100、つまり50往復しないと終われないのだ。
状況を整理する。
俺とが今行っているのは、所謂バドミントンのラリーだ。
なぜ、俺が行う破目になったか。…それは、朝のちょっとした失言が原因だった。
――「なァ。この前乗っけたときよか、重かったぜ?お前絶対太っ」
そう言いながら、何気なくの顔を見たとき――俺は発声を強制終了させた。
ま、冗談だ、どっちかっつと重さの原因は胸囲にあると見たぜ。等々、後続させる予定だった言葉は世に放つことなく、事態は進行した。
――「…わたしね、もっと運動しようと思って、この前“よいこのバドミントンセット”買ってきたところだったの。」
……フラッシュは、わたしのラリーの相手に、なってくれるよね。
大きな思いを抑えるかのような、穏やかな顔を作ったに“確認”されて、肯定しか選択できなかった俺は……このような状態に至っている。
二人きりの延長戦のご提案には、勿論二つ返事だ。
この程度の運動なら、負担にもならない。ノースリーブにショートパンツと、彼女の薄着も見られて眼福。
にもかかわらず、俺がこんなにも止めたいと思うのは――彼女の絶望的な技量にあった。
…簡潔に言えば。
「…下手くそ」
「初めてラケット持ったんだから、大目に見てよっ」
「あれぇ?俺もやったことなんざねェが?この差は何だろうな?」
始めて1時間以上というのに、ラリーは続いても十数回。シャトルは全てが落としている。
上達曲線は、低いところで横ばい。なのに「100回続くまでは終わらせない」といって聞かない。
…どう考えても、無理がある。
この終わりの見えない応酬に、俺はほとほと嫌気がさしていた。
「フラッシュは…、どうせデータをインストールしてるから、バドミントンだって上手く出来るんだ」
「前者は否定はしないが、後は100パー正解でもねェぞ」
「それに、体型変わらないし」
「ヒューマノイドだからな。体型変えるまでの技量は、いくら俺の親父でも無いだろ」
その場にしゃがみ込んだが、ぽつぽつ呟いた。先のアレは余程堪えたらしい。
いじける彼女の瞳は、恨めしそうに俺を見る。
「…いいなぁ」
「そんなところで俺を羨ましがるな」
シャトルを捉えることを止めた彼女のラケットが、逆さにされて杖のようだ。加重したら、曲がるだろうに。
「…だいたいなァ、。変わらなかったら太りも痩せもしねェが、胸もくびれもそのままだぞ」
「それは、やだ」
「あと、…あれだよ、……髪も伸びねぇ」
俺のいるほうは日なただ。強い日差しが、俺に容赦なく降り注いでいる。
…頂点の、黄色い部分は、激しく存在を主張していることだろう。
「お前は変わる見込みがあんだから、イイじゃねェか」
「……別に、フラッシュはハゲて」
「その言葉二度と使うな」
まァ…コンプレックスは、お互い様だ。
「…たしかに、最初からハードル高いと、挫けちゃってお終いだよね」
少しの間黙っていたも、自分で考えたようだ。
「本気なら、じっくりやってけよ」
「フラッシュは育毛してるの?」
「違ェよ!お前の上達とダイエットの話だ!」
引っ張んなよ嫌がらせかよ?!
……いや、俺が自ら地雷ポイントを晒したようなモンだが。理解を促したかっただけだ。分かれよ。
「俺だって…変わる見込みがあるヤツなら、時間をかけて攻略していく」
まァその…目下(もっか)の人間の心に、自分が望む影響を与えられるかという難題に取り組んでいるワケだが。
「幾らだって…コレなら、ずっとやってりゃ次第にラリーもスマッシュも出来んじゃねェの?」
「最初の言い方が、気になるけど。…うん。ちょっとづつ頑張る」
「ンじゃ、今日のところは切り上げようぜ。いい加減、疲れてるだろーが」
バレてたか!と、眉を下げてが笑った。正面にいて、疲労が見えないわけが無い。
その上、こんなクソ暑い中で長時間動かれちゃ、気にかかって当然だろう。
屋内に入り、空調の効きに感激する彼女を横に、俺はラケットを指先で回して弄んでいた。
「あー、お前に早くスマッシュかましてェ」
「まだやめてよ?もっと上手くなってから勝負させて」
「スマァァァッシュ!!」
ガットではたく程度だが、は大げさに頭を押さえて俺を睨んだ。
「ったぁ!…なんなのフラッシュ!」
「声だけだろ。それとも、ビビったのか?」
こういう反応をされることに、安堵を覚える。
俺の難題も、少しづつでも進歩してほしいモンだ――。そんなことを思いながら、俺は彼女の文句をやり過ごしていた。