'10 Valentine's Day dream #1

+--さながら彼はヴァレンチノ--+

時折、木枯らしが窓を揺らす真冬の昼下がり。
これからと面談をする予定であるここの主――ワイリー博士は、自室でコーヒーを飲みながら一服していた。
彼は常にすべきことが山積みだった。自律型のロボットや高性能のヒューマノイドを少人数(しかもそのうち人間は博士一人だ)で作り上げるのだから、当たり前だった。
片手間に先の少女への実験はしているものの、今はほとんどを自作のヒューマノイドに委ねているので、彼は自分の研究に集中できた。
それでも彼女に対して何かと世話を焼きたくなるのは、博士自身も彼ら同様にを大切に思っているからであろう。
「おお、。久しぶりじゃの。そこに腰掛けなさい」
同じ建物に居住しているのに、一週間ほど会っていなかったことを思い出して、博士はそんな挨拶で彼女を迎えた。

は促されて、彼の向かいのイスに座った。テーブルの上にはコーヒーと、彼女用に用意してある茶菓子が数個。いつもならば彼女は菓子を摘まみながら世間話を始めるのだが、今日は少し違った。
は開口一番、こう言ったのだ。
「博士っ。バレンタインデーって、女の子が大切な男の子にチョコをあげないといけないの!?」
バレンタインデー。…二月の中旬だ。
そうか、もう二月だったか…と博士はデジタルツールで暦を確認した。外への干渉が減ると、そういった感覚は鈍るものだ。
「女性がチョコレートを?……ああ、ニホンでな」
突然の質問に博士は一寸面喰らったが、自分の好きな国の慣習だということを思い出す。
「あれっ、ニホンだけ?」
キョトンとした顔では訊き返した。彼女は未だに知識不足が補いきれないでいる。……意図的に情報規制させている部分もあるのだが。
「別にチョコでなくとも、男からでも、いいんじゃよ。恋仲の男女が贈り物をして、愛を誓い合う日じゃからの」
「こ、こいなかっ…!そうだったんだ…」
これくらいの年齢というのは、やたらと恋愛ごとに対して敏感に反応する。だが真に理解できている者が、果たしてどれくらいいるだろうか。

「しかし…またメディアからヘンに情報を入れおったか?」
「雑誌で女の子たちがお菓子作ってる記事を見たの。“本命”の人用にはみんなキレイにラッピングしてて、ちょー可愛かったよ」
彼女はほら、と持ち込んだ雑誌を広げて博士に見せた。少し洞察力があれば、その女子たちが全員東洋系の顔立ちであることに気がつくはずなのだが…。
「そうか。じゃがのぅ…ここいらでは逆じゃよ」
「と、言いますと?」
「男性から女性に贈るほうが多いということじゃ。メッセージカードを添えてな」
もとの聖ヴァレンチノのエピソードに倣っているからか、はたまたレディファーストのお国柄のせいか。
家族同士で送り合うこともあるのじゃよ、と博士は付け加えた。
「へー。国によって違うんだ」
ひとつ賢くなった、と彼女がコーヒーを啜りごちた。


ここで、博士に妙案が浮かんだ。
…これは彼女のためにもなる、仕掛けて損はない。そして…自分と共謀しないと、出来ないことだ。
「…まあ、せっかくじゃ。よ、あえてあっちの習慣に乗っかったらいい」
我ながら愉しいことを思いついたと、企み顔でニヤつく彼とは対照的に、は「え?」と意味がわかっていないようだった。
「じゃから、チョコレートを“本命”に拵(こしら)えて、渡してやりなさい」
「!」
彼女の顔つきが一気に変わった。――やはり、と博士は内心で思っていた。

「でっでもわたし、こここ恋とかそそんな相手なんて、い、いな――」
「ワシにはお見通しじゃぞ」
明らかにどもって、うろたえながら言い繕おうとする姿は、博士から見れば可愛らしいだけで何の効果もない。むしろ、もっとお節介を焼きたくなるようなものだ。
「…え」
「当日には仕事を入れないように都合をつけてやるぞ」
「ええっ…」
これが出来るのは彼だけの特権だ。使わない手はない。
「どうせワシのところの“息子”は、こういうイベントに無頓着な輩ばっかりだしの」
「…それは…そだね」
思い当たる節があるのだろう。博士自身がそうであるせいか、彼の作るヒューマノイドは暦のイベントに疎いところがあった。(クリスマスについても、博士が言わなければ大々的なパーティにならなかったに違いない。)

「お前から特別にくれてやったら、それはそれは喜ぶじゃろうな〜」
「う…」
彼はこういった誘導が得意だった。政界にでもいたら、どこぞの独裁者のように頂点に立てたかもしれない。だが、この分野では――如何せん彼の持論は常軌を逸しすぎていた。
「しかも心のこもった手作りだったりしたら、もっともっと嬉しいじゃろうな〜」
「……」
博士の言葉に、は暫く口を開かなかった。彼女は真面目に、深く熟考していた。
おそらく今、彼女の思考の中では自分の気持ちと力量、弱気と勇気がせめぎ合っているのだ。

「……博士!わたし、やってみる。」
そして彼女は、強い意志を持った目で博士を見つめた。
「おおそうか。がんばりなさい、
「うん。なんかわたし、燃えてきた!」
博士にとっては、また楽しいことになってきた。まるで子供のようだが、彼はワクワクと心が躍るのを止められなかった。
「ワシが出来ることなら、協力するからの。何でも言いなさい」
「本当?博士、ありがとう!」
が来てからというもの、彼女に絡んだあれこれを博士は存外楽しんでいる。…もう随分、情も移っているのかもしれない。
「そしたらどうしよ、何から始めたらいいか作戦立てなくちゃ!ねっ、博士も一緒に考えて!」
どんどん盛り上がるに、博士は少し気圧されそうだ。
そんな中で彼は、こんな時代がワシにもあったっけ…と頭の片隅で思っていた。


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バレンタインデーの元ネタの聖ヴァレンチノ公は、結婚はダメって言われてた世の中で恋仲の男女を
ひっそりケコーンさせちゃう、いわばキューピット的なことをして捕まった人らしいですよ。
次は女子視点でのブリッジ。