05. 対面



「早くしろよ、言われたとおり来たぜ」
「おおクイック。お前が最後じゃ」
一週間ほど前からここに住み始めたニンゲンの女がいるのは聞いていた。
だが、オレは作られて以来しばらく調整に手間取っていたので、オレだけがそいつに会っていなかった。
博士はなるべく早く会わせたいと思っていたようで、この日の夜、全員が集まれる時に召集がかけられたのだ。
「ほれ、。コレがクイックマンじゃよ。クイック!挨拶なさい」
オレは博士に促されて前に出た。
…初めて見る、人間の女。頭の中にあるデータを参照する。
人間・女――特徴に相違なし。という名と外見的特徴を記憶した。
「……」
アイサツ…挨拶?こういうときは、なんて言えばいいんだ?
オレがじっと見るだけで黙っていると、のほうから話しかけられた。
「はじめまして…、あなたが、クイック?」
そいつは片手を差し出した。
「…?!」

オレはこの事態――出来て間もないこの今に、まったく得体の知らない彼女に出会うということを、深く考えてはいなかった。兄たちとの顔合わせはしていたので、それと同じだと思っていたのだ。
…結果、オレはその異質の存在に対して適切な対応ができなかった。その状況でオレが知っていた“挨拶”は…これしかなかった。
「っ、近寄るなぁッ!!」
「ひゃっ!」
――攻撃。
「ぐっ…」
稼働直後とはいえ、このDWNの中ではオレが最強だ。そう言い切れると同時に、最速でもある。とっさに放ったクイックブーメランをかわせるはずがなかった。

…だが、食らったのはそのニンゲンではなかった。
「メタル!」
「兄さん!」
博士とバブルの声が重なったが、オレは放心していた。も、どうなったかわからずに、自分にケガがないかキョロキョロしていた。
「…え?」
「あ…、オレ――」
「長兄!破損度は!」
「…問題、ない」
エアーがメタルに駆け寄り尋ねると、マスク越しのくぐもった声がダメージを物語った。オレは後で知ったのだが…メタルは自分の弱点を食らいにいったのだから、ムリもなかった。

そう、メタルは自分の意思でオレの攻撃を受けた。瞬時に判断し、を守るために、彼はわざわざ横から出ていったのだ。
「めたる、さん?」
ようやくそのやり取りに反応したは、自分の真ん前でうずくまるメタルを見た。…信じられない、という顔だった。
「メタルさん?!どうして!」
「お、オレは…ちがう、こんな…」
「落ち着いて、クイック!」
自分でも何をしゃべっているのかわからなかった。いつの間にか、バブルがオレの体をおさえていた。
――オレの創造主が連れてきた人間へ攻撃をしかけた。リーダー格の、一番上の兄貴に攻撃を喰らわせた。
この…コトの重さに、オレはようやく気付き始めていた。


「メタルさん、ごめんなさい…わたし」
はヒザをつき、メタルの手を取って目から水をこぼしていた。…涙、だ。
「なんて、顔だ。俺…たちは、お前より強い」
問題ない、とメタルはもう一度言って、あいていた右手で涙の伝うの頬をなでた。
――衝撃だった。初めて“涙”を見たこともそうだが、メタルがこのニンゲンの女に“まるで人間のような仕草をした”ことが、とてつもない衝撃だった。
性格からしてバブルがするならまだしも、この中でメタルがそんなことをするなんて、想像もできなかった。オレは起動してから半月も経っていなかったが、それまで見てきたメタルの姿は血の通わない機械そのものだったからだ。
こんな最中だというのに…彼はこんなこともできるのかと、オレは新たな発見をしていた。
「それに、お前が謝ることでもない…。もう、大丈夫だ」
まだ呆気にとられたままのオレの横で、メタルは言葉をつづけた。
そして、よろけつつ立ちあがって、オレを見た。

「…っな、なん――」
「クイック。」
抑えたような声で名を呼ばれ、びくりと体が震えた。とにかくしゃべろうと声を出したのだが、彼に被せられたその後は、元からそんな機能は付いていないみたいにオレは無音になった。
「今回は咎(とが)めない。だが…二度目は、ない」
紅い視線が鋭く、刺さる。キレ者、と呼ばれるメタルの本性を、オレはこの時初めて見た。
どれだけオレが戦闘力で勝っていても、コイツの上には行けない――そうオレの本能に直接刻みこまれたようだった。…このメタルの瞳を、忘れることはできない。


「こらこら仲間同士で殺りあうんじゃないぞ!」
メタルは背中を乱暴にたたかれて、またよろけた。射すくめられたオレを博士が救ったかたちだ。
「はい。最重要保護対象の人間を脅かさない限りは」
「だからって兄弟機を攻撃していいもんじゃない!まったく…お前らは感情が生々しくて困ったもんじゃ」
「そのように作ったのは博士では…?」
エアーが小声でつぶやいたのを、博士は聞き逃さなかった。
「く、…そうじゃけども!壊れて直すの誰だと思ってるんじゃ!!もう!」
ちゃん、大丈夫?」
ぷりぷりと怒る博士をよそに、バブルはあいつの心配をしていた。
「あの、だ、大丈夫です…バブルさん」
「博士、今日はお開きにしたほうがいいと思いますよ。また日を改めて…」
「ああ!そうじゃな。、すまなかったな」
「いえ、そんな…」
博士はまゆ毛をハの字にして、本当にすまなそうにしていた。…その姿に、オレの胸の奥はキリリと痛んだ。

「メタル、それくらいの修復なら自分でできるな?クイック、お前はワシと一緒にちょっと来なさい」
「はい」
「わ、なんだよ、引っ張るなよ!」
言いたいことをまくし立てた博士は、オレの返事を待つことなく腕をつかんで強引に引きずった。…どう考えても人間のジジイにそんな体力はないはずなので、なにか仕掛けでもしているんだと思う。
「今日は解散じゃ!各自、好きにせい!」
「御意」
「了解」
叫んだ博士と、引っ張られたことに混乱したままのオレは、そうして真っ先に部屋を出た。


博士の自室に連れていかれるなりオレは、「そんなロボットにつくった覚えはない!」と一喝された。でもそれだけ言った後、博士はオレに謝った。オレの創造主であるにもかかわらず、土下座しそうな程の勢いで博士は謝り倒した。
オレなりにまとめると、ようするにが来たことはイレギュラーで、作られてばかりのオレがすぐ彼女を受け入れるのは難しいかもしれない、と思っていたらしい。でも博士は、作った後のロボットには思考に影響する追加プログラムを入れたがらない(成長した自我がユガむから、だそうだ)。結局、を保護対象と認めさせるためには直接会うのが手っ取り早いと考えた。製造順にバブルまでは問題なかったが、オレの場合は悪い予想が当たってしまった、ということだった。
「もっと念入りに、事前に教えておくべきだったんじゃ。ワシが甘かった。すまない…」
一件はオレのせいじゃない、と博士は言ったが、博士だけのせいでないのはオレにだってわかる。
もっとオレが――。だけど、もう過ぎたことなのだ。過去をかえることは、…できない。



「…今日は、ダメだ」
昨日(というか今朝)の自分があまりにもひどかったので、気分転換のつもりで単車を転がしたものの、まったくスッキリしなかった。…それどころか、最初の頃を思い出してもっとヘコんできた。
……との出会いは、最悪だった。
オレはとまともに会話すらできず、一方的に攻撃し、謝ることもできなかった。
「オレ…全然変わってねーのな…」
おかげで今でもうまく話せていない、と思う。あの事を謝るタイミングを逃して、それについてはいまだに何も言えていない。
まだ…オレは、言えそうにない。…こんなビビりになることは、あいつ絡みくらいだ。
いつか――に「悪かった」と…それだけでも言えたら、あれからずっと心の奥に抱えている重たい気分も、晴れるのだろうか。


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5日目は彼女の休養日です。休ませてあげましょう。
なまじっか強い所為でお馬鹿と併せて弊害が起こったイケメンの図。
誰の所為とも言えない。強いて言うなら、全ての根源は創造主。なのに、彼には特別強く残る、その後味の悪さ。